その後、詩夏が療養している間に珠蘭の処刑がなされた。万姫は流刑と決まったが、正気を失ってしまい、自分が誰かも理解できない有様らしい。
 外朝では珠蘭一派の処断が進められ、珠蘭が溜め込んだ財を国民のために用い、徐々に民の暮らし向きは良くなっているという。
 そして、詩夏は——。
 後宮の隅、銀杏の木立の中に、ぼんやりと立っていた。
 香麗が殺され、詩夏が蘇った場所だ。
 銀杏はもうすっかり葉を落としてしまい、午後の日差しが剥き出しの枝を温めている。詩夏は地面を見下ろし、瞑目した。
 しばらくそうしていると、背後から足音が聞こえた。
「詩夏姐、ここにいたのか」
 後ろに顔を向けると、憂炎がこちらへ歩いてくるところだった。詩夏を探し回ったのか、少し息を切らしている。詩夏は微笑って応じた。
「ええ。香麗に報告したくて」
「……そうか」
 憂炎も隣に並び、目を伏せる。何を考えているのか、その横顔からは読み取れなかった。
 冷気を帯びた風が枝を揺らしていく。詩夏は綿入れの前をかき合わせて、はあっと手に息を吹きかけた。
 憂炎が横目に詩夏を見やった。
「療養が済んだら、すぐに立后の儀だ。最後に一度だけ聞いておく。本当に、俺の皇后になってくれるか」
 それが妙に生真面目な面持ちなので、詩夏はなんだか可笑しくなってしまった。この人は、どうして詩夏に比翼の印が顕れたと考えているのだろう。
 あのとき、憂炎を失いたくないと心底から念じて、そのためならもう一度死んだっていいとさえ思った。
 だから、詩夏は憂炎の連理の姫になったのだろう。
「私は、憂炎の隣で同じものを見たい。連理の姫は要らないと言っていたけれど……今でも、私を愛してくれる?」
 詩夏の答えに、憂炎の両目が見開かれる。
「連理の姫など関係がない。あなただけを愛している」
 憂炎が詩夏を抱き寄せる。詩夏もその背に腕を回す。胸に刻まれた比翼の印の下で、心臓が速く脈打つのがわかった。
 憂炎が顔を近寄せ、幸福そうにふっと笑う。そうして、二人の唇が重なった。

 〈了〉