「心配をかけたな。珠蘭は用心深い女だから、演技ではバレる可能性がある。だからあなたにも話すわけにはいかなかったんだ」
 柔らかな口調に、詩夏の瞳にじわじわと涙がこみ上げてくる。わざと乱暴に目元をこすって、すんと鼻を鳴らした。
「本当に死んでしまったかと思って、怖かった。でも信じていたから平気よ」
「ああ……ありがとう」
 憂炎が詩夏の方へ歩いてくる。詩夏もそうした。駆け寄りたかったのに、足が震えて焦ったくなるほど遅い歩みになった。
 二人の距離があと一歩まで近づいたとき。
「……こんなの嘘よ……」
 ポツンと落とされたのは、女のか細い声だった。
 詩夏は弾かれたように声の出所へ視線を向ける。万姫だ。彼女は血走った目で憂炎を凝視し、両手で頭を掻き毟る。わなわな震える手元で、簪が鋭利な輝きをみせるのが映った。
「憂炎!」
 万姫が憂炎に飛びかかると同時、詩夏は憂炎の前に身を投げ出す。眼前に狂気走った万姫の顔が迫ったかと思うと、左肩に熱い痛みが弾けた。
 鈴々の悲鳴が玉座の間にこだまする。詩夏はすぐに万姫から引き離された。憂炎が両腕に詩夏を抱え、蒼白な顔で覗き込んでくる。
「詩夏姐! どこを刺された」
 詩夏は手で左胸の辺りを押さえ、ぜいぜいと息をした。刺されたのは左肩。温かな血が手を汚すが、致命傷ではなさそうだった。けれど、なぜだか心臓の方がもっと痛い。もうずっとだ。
「だ、大、丈夫、だから……心臓が、痛いだけで……」
 心臓を刺されたと思ったのか、憂炎が短く息を詰める。
「止血するぞ」
 そう言って躊躇なく襦裙の襟元を緩めた手が、ハッと止まった。
「これは……」
 震える指先で、詩夏の肌に触れる。こそばゆい感覚に詩夏は身を捩った。
 憂炎が信じられないという口調で呟く。
「比翼の印が……」
 それを聞いた瞬間、詩夏は目を見開いた。恐る恐る自分の胸元に視線をやり、そして、そこに広がる華のような紅い痣に息を呑む。
 それと同時に天啓めいた確信が降ってきて、今まで借り物だった体が、自分のものになるような感覚があった。香麗の願いは叶ったのだ。
「やはり、あなたが俺の……」
 憂炎が詩夏を抱え込む。その力強さを感じながら、詩夏は瞼を下ろした。