万姫の言葉に、女官二人がうんうんと頷く。役人たちの、猜疑の視線が詩夏に突き刺さる。
 遠くなりかける意識を必死に繋ぎ止めて、詩夏はなんとかその場に踏み留まっていた。
 胸が鋭く痛む。香麗がかつて斬られた傷だろうか。心臓が高鳴るたびに、焼けるような痛みが走る。
 少しでも気を抜けば、うなだれて流れに身を任せてしまいそうだった。
 詩夏にはもう、何も無い。国母たる珠蘭を前にあまりにも無力だった。
 けれど白く霞んだ脳裏に、憂炎の声が蘇る。何が起きても、と憂炎は言ったのだ。
(だったら……私は憂炎を信じる)
 ぐっと歯を食いしばり、詩夏は大きく息を吸った。
「なんと言われても私は下手人ではありません。大体どうして珠蘭様が裁きをなされているのです。罪人の裁きを司るのは皇帝であるはず」
 震えそうな声を必死に宥めすかす。今は時間を稼ぐのが先決だった。
 だが珠蘭は涼しい顔で肩をすくめる。
「これはまたおかしなことを。主上はもういない。ならば国母たる妾が代行を務めるのは自然な流れじゃろ。……いいや」
 珠蘭がすっくと立ち上がる。国母にのみ着用を許された、明黄色の朝袍の裾をひるがえし、ゆっくりと足を踏み出す。
 玉座に近づき、比翼の印が浮き出た右手で、龍の透かし彫りが施された背もたれを撫でた。
「この国を統べるのは、妾じゃ」
 悪辣に唇を歪め、高らかに宣言すると、玉座に腰掛けた。
 玉座の間に集った百官が騒然とする。詩夏も唖然と口を開ける。
 今まで国母の立場から朝廷を操っていた珠蘭の、それは明らかな叛逆だった。
「ああ、やっと手に入った」
 玉座に深く座った珠蘭が、うっとりとした口調で言う。
 そのとき、軋んだ音を立てて、玉座の間の扉が開かれた。