(だけど『丁香麗』を皇后にすることは、政治的に意味がある)
 体から抜け出た理性が、どこか遠いところで思考を回していた。
(連理の姫か疑わしいし、珠蘭の影響が強過ぎる万姫を皇后に迎えるわけにはいかないから、代わりに『丁香麗』を皇后にする。憂炎から珠蘭への宣戦布告にはぴったり。そういうこと?)
 導かれた結論に、納得したがっている自分がいる。
 今ここで決められようとしているのは蓮月国の方向性。ならば頷くのが正解だ。だから頷く。
 そういう風にしたいと思ってしまう。
(今の憂炎の言葉を信じられるか、私には自信がない。でも少なくとも、私だってこのまま国母が政を行うのが良いとは思っていない。そうすれば香麗の願いの半分くらいは叶えられる)
 上滑りする思索の果てに、詩夏は首を縦に振った。
「承知したわ。私でも『殿下』を守る風防くらいにはなるでしょう」
 言外に込められた詩夏の気持ちを、憂炎は正確に汲み取ったようだった。
「……あなたは俺にあまねく全てを与えてくれたが、その心だけはくれないんだな」
 その口元に切なげな微笑が滲む。けれどすぐに唇を引き結ぶと「だが俺も引き下がるわけにはいかない」地を這うような声で呟いて、詩夏の体を牀榻の上に放り投げた。
「何……⁉︎」
 起きあがろうとする詩夏の肩を押さえ、憂炎が詩夏の上に覆い被さる。その表情は酷薄に歪んでいた。
「黄泉の魂を確実にこちらへ留めておくには、どうやら様々な方法があるようだ」
 謡うような声色だった。
「術で定められた通りの対価を支払う方法、活力に満ちた現世の食べ物を食べる方法、そして……現世の人間と交わる方法」
「なっ……」
 憂炎が身を屈める。首筋に冷たい唇が触れて、詩夏はびくりと体を震わせた。
「待って、そんなの本当かどうか……」
「なぜ躊躇う? あなただって消えたくは無いだろう」
「そうだけどっ、私は……やめて……っ」
 十七年の歳月が、断絶となって横たわる。
 詩夏は涙目になって震える吐息を漏らした。憂炎の手が宥めるように詩夏の頭を撫でる。それはひどく優しい手つきで、ますます詩夏の瞳に涙が滲んだ。
(可能性が万に一つでもあるなら試してみるべきかもしれない。だけどこんなやり方で助けられたら、私は本当にこの人の顔がわからなくなる……!)