左胸、心臓のある位置に白い手袋をした左手を添え、私を敬うかのように(うやうや)しくお辞儀をしたヴィラン皇子。

 私はそれに返すことなく、眉をぐっと顰め、厳しい表情のまま、何を考えているのか分からないヴィラン皇子を警戒しながら刀をゆっくりと鞘の中に収める。

 ふわっと可憐な華が咲いたように甘い表情で笑い、私と目線を合わせてくる彼は、昔と全く変わっていなかった。ただ、あの頃よりも背丈も体格もずんと大きくなり、少年から男性へと移り変わっていた。

 テッセンの花柄が上品に描かれた花浅葱(はなあさぎ)色の美しく上質な着物を着て、ヴィラン皇子らしい華やかで趣のある薄紅色の羽織を肩から掛けて羽織っている。


『(一体どういうことですか、───ヴィラン皇子)』


 彼にも分かるように、私は英語でそう問うた。きっと私のヴィラン皇子に向ける声は、この動揺を必死に隠すために冷たくて、抑揚もないものになっている。


『(あぁ、どうしてそのような蔑んだ瞳で僕を見つめるのですか。僕は愛する貴女をヴィステリアから迎えに来たというのに……)』


 これじゃあ会話も出来ない……。ヴィラン皇子の今の姿は、まるで最初から私の質問に答える気など毛頭なくて、自分だけの世界に浸っているように見える。

 ……はぁ、今日は颯霞さんが御屋敷にいなくてよかった。そっと安堵の息を吐き、ヴィラン皇子に伝えなければならないことを話すために、もう一度口を開いた。


『(ヴィラン皇子、ちゃんと私の話を聞いてください)』

『(おっと、すまない。少し喋りすぎたね)』


 失敬失敬、と言いながら今まで浮かべていた笑みを消したヴィラン皇子。どんな時でも常に笑顔を浮かべていた彼が無表情になると、何だか得体の知れない緊張感が走る。


『(それで、日本国侵略の計画は順調に進んでいるのかい?)』


 ヴィラン皇子の口から放たれたその直球な質問にビクリと僅かに肩が震えた。それは、この本国の地でするべきでない禁忌の内容がその口から放たれたことに対しての驚きだった。


『(それは……‼今ここですべき話ではないはずですよヴィラン皇子……‼お言葉を謹んでください‼)』


 自分の口から放たれたのかと疑うほど、その声は憎悪で溢れていた。

 本当にこの人は、昔も今も突拍子なことばかりを口にする。