……私とこの人が違うのは、当然のだろう。
誰からも愛されず、ましてや両親からも見捨てられた私。あんなにも簡単に両親から祖国から追い出されてしまった、価値も存在意義なんてものもない私なんかと、颯霞さんを同じにしてはいけなかったんだ。
颯霞さんはきっと幼い頃から沢山の人から無条件に愛されて、可愛がられて、とても大切に育てられてきたのだろう。
両親からどうでもいいと言われて見捨てられたこともなく、愛を貰えなかった私とは、住んでいる世界すら違うお方なのだろう。
「颯霞さんが言ったお言葉、そのまま貴方にお返しします」
私はにっこりと作り物の笑みを浮かべる。それが、今の私に出来る、最大の気配りだった。
◇◇◇
何かを必死に隠すような、耐えるような、そんな苦しそうな表情をして口元を抑えながら俺の前から去って行ってしまった七海さん。
七海さんが去っていくのを、何も言えずにただその背中を見つめることしか出来なかった俺は、どれだけ臆病者なのだろう。
俺は何か、七海さんの気に障ることを言ってしまったのだろうか……?
それとも、何か怒らせてしまうようなことを言ってしまったとか……?
あぁ、だめだ。いくら考えても何も思いつかない。俺がこんなだから、七海さんは俺を置いて去って行ってしまったのだろうか。
「……っ、七海、さん」
俺の悲痛めいた声が、誰もいない深い森の入り口でその存在を示すことなく十二月の夜の冷たい空気に溶けていった。
今日、七海さんが刀を振る様子を初めて見ることが出来た。それは俺が想像していたものよりも何倍も綺麗で、幻想的で、やっぱり俺にはこの人しかいない、って本気でそう思ったんだ。
……それなのに俺は…っ、こんな所で一人突っ立って、一体何をしているというのだろう!!
「俺が言ってしまったあの言葉たちが、だめだったのかな……」
自分の情けなさに、柄にもなく泣きそうになる。好きな人一人幸せに出来なくて、こんな男の何が『日本一の軍隊を率いる隊長』なのだ。
こんな俺が、全ての日本国民を幸せに出来るはずがない。昔からとても厳しい親の元で修行と鍛錬を繰り返し、血の滲むような努力をして来た。
生まれた時にはもう自分の将来は決められていて、それが俺の世界を瞬く間に狭めてしまったんだ。それでも、その頃の俺はこの世界で何かの役に立てるということだけで、もう十分過ぎるほど満足だった。
───それなのに、いつから。
いつから俺は、こんなにも弱くなってしまったのだろう。家族ではない赤の他人であったはずの七海さんから、胸が切なくなるほどに甘く疼く愛を貰ったからだろうか。
俺は、最初の頃は知らなくてもいいと思っていた七海さんのその心の内に秘めたものさえ、知りたいと思ってしまっている。
こんなにも欲張りな俺を、七海さんは受け入れてくれるだろうか。夜の帳が下り、狩りの時間が始まる。
今夜は朧月が辺りをぼんやりと怪しく照らしており、風情のある夜だった。
本当は七海さんと二人で出来るはずだった夜狩を、俺は一人で行うことになる。隣には誰もいない。もし俺が何かをしてしまったのなら、謝らせて欲しい。
俺は何が何でも、貴女だけは手放すことが出来ないんだ。どんなことをしてでも、貴女と幸せになりたい。七海さんを、俺の正式な妻として氷織家に迎え入れることの出来るその日まで───。
俺はただ胸に収まりきれない沢山の感情を、貴女に伝え続けるだろう。
鞘から刀身をのぞかせた刀が、夜の闇にキラリと光る。俺は勢いよく刀を抜き取り、夜の奥まった深い森へと、ただ一人を想いながら駆けて行った。
「どうか七海さんに、沢山の幸せが訪れますように───」
たとえ貴女の隣に俺がいなくとも、七海さんがこの先も世界の穢れを知らずに幸せに生きていくことが出来ますように。
俺の願いは、ただそれだけだ───。
もう、欲張りになんかなるものか。俺は貴女がこの世界で生きてくれているだけで、こんなにも満ち足りた気分になれる。
七海さん───、こんなことを言うのは少しクサいかもしれないけれど、貴女は俺の心臓の一部のように、なくてはならない存在なんだ───。