「いえ、久しぶりの夜狩に胸が高鳴っていて、むしろ楽しみです」
私の返答に、颯霞さんが「ははっ」と眉をしかめておかしそうに笑った。
昼間に私が真っ二つに切り裂いてしまった颯霞さんの刀は新しい物に取り替えられ、その威力も強度も増している。
「七海さんらしくて素敵です」
「私らしい、とは……?」
私の問い掛けに颯霞さんは不思議そうに首を傾げて、「そのままの意味ですよ?」と言った。
だけど私には、あまりその言葉の意味が理解出来なかった。私は他人からどんな風に見られているのか。
そんなことは当の昔から完璧に理解してきたし、自分の言動次第で何かが変わってしまうのを恐れ、いつも計算高い人間でいた。
「んん、良く分かりません。私にもそういう、“らしい”ところが果たしてあるのでしょうか……?」
私の問い掛けに、颯霞さんの不思議そうにしていた顔が困惑気味の表情に変わる。虚を突かれたような、そんな驚いた顔をしていた。
私は自分のことを、いつも計算高くて、自分の本当の感情を他人に見せることなく、血も涙もない冷酷な人間だとしか思っていなかった。
私“らしい”と思うところなど今まで何一つ思い浮かべることさえ出来なかったから、私はきっと颯霞さんのさっきの言葉に疑問を覚えてしまっているのだろう。
他人よりも、自分のことだけを優先してしてきた行動や言動。自分と関わりを持つ人にさえ優劣を付けて、“この人は私の役には立ってくれない”と思ったらすぐに切り捨てたし、“この人なら今後私の役に立ってくれるだろう”と思い、側に置いてきた。
颯霞さんはしばらく考え込むようにして私を見続け、何かに納得したようにゆっくりと一つ頷いた。
「───七海さんにもいつか、本当の意味で自分を理解出来る日が来れば良いですね」
颯霞さんは陽だまりのような朗らかで優しい笑みを顔いっぱいに浮かべて、颯霞さんのその言葉にまたもや悩んでしまっている私を見つめて口元を緩めた。
「そうだと、良いんですが……」
きっと、颯霞さんの言う“その日”は決して訪れることはないだろう。
私は今も颯霞さんを騙し続けている自分自身が大嫌いだし、こんなことをしてだらけてばかりでノア様から託された任務を遂行できないままでいる自分の、祖国への罪悪感は拭おうとしても拭いきれないほどに大きなものだ。
「……七海さんはやっぱり、綺麗な人です」
「───え?」
心臓がドキリ、と、とても嫌な音を立てた。夜闇に溶け込んでしまった颯霞さんの横顔を見開いた目をして見つめながら、私は自分の胸の鼓動を誤魔化すことが出来なかった。
颯霞さんが今から言わんとしていることは、私にとっては絶対に言って欲しくない、そして聞きたくない言葉だと、自身の鋭い直感が働いたからだ。
「……七海さんは決して他人には見せない秘密を抱えていて、自分の良ささえも理解出来ていない。まるで生まれたての赤ん坊のように、良くも悪くも世界の穢れを知らな過ぎている。とても寡黙で、こんなにも美しくて綺麗な女性に出逢ったのは、あの日が初めてだったんです」
颯霞さんの瞳が夜闇の中でも良く見える熱を帯びて、私を見つめるそれが尊敬と抑えきれぬ好意に満ち溢れているのが分かって、どうしようもなく胸の締りが強くなる。
あの日とは、きっと私たちが初めて出会ったお見合いの日のことだろう。
────……苦しい。
颯霞さんの側でこんな感情を抱いたことは初めてという訳ではなかった。
でも、絶対に、今が一番苦しかった。
颯霞さんのその告白が私の胸を鋭い矢で射抜いて、温かすぎて残酷な刃を突き付けられるような、そんな激しい苦しみを覚えた。
この人はどうして、こんなにも薄汚れて戦争ばかりの残酷な世界で、こんなにも無垢で純粋な微笑みを浮かべていられるのだろう───。
「ふ……っ、」
そんな残酷な問いが脳裏を過ぎった途端、私はどうしようも出来ない劣等感に、自分自身を嘲笑うような、そんな笑いをこぼした。