瞬時に刀の周りに氷が付着し、それは前よりも強度を増す。氷が完全に固まり、颯霞さんの刀が私が振り下ろした刀を勢いよく跳ね返した。
───そちらが異能を使うつもりなら、こちらとしては異能を使わずに勝つのみ……っ!!
子規堂家は、由緒正しく、表向きは“順風満帆”な序列上位の一族。私を含めた彼らは昔から代々、炎の異能を受け継いできた。
炎はこの世に存在する全ての万物を燃やし尽くすことの出来る強大な異能だと昔から恐れられてきた。ただ、自然界に存在する内の一つの力を操る異能者は除いて───。
広大な大地を枯れ尽くし、風や氷、岩をも超えるその力の唯一の弱点は、美しい森を鋭い速さで流れていく澄み切った“水”だった。
だが、水も大地も岩も風も必ずしも炎に負けるという訳ではない。ただ、負ける可能性が大いにあるというだけで、“勝てない”などは決してないのだ。
世界の権力差もまた同じだ。この世に、全てに勝るものは存在し得ない。なぜ、これほどまで多くの種類の力を持った異能者が今日まで存在し、共存して来れたというのか。
それは、絶対的な“強者”は存在しなかったからだ。
だけど、今、この日本国には───。
「颯霞さん、貴方の負けです……っ!!」
恐るべき、強大な力を内に秘めたある国の王と王妃が、存在しているのだ───。
私は颯霞さんの氷に纏われた刀に渾身の一撃を注ぎ込んだ。腕の筋肉の筋全体に血液が一気に流れ込み、常人ではない力が発動される。
私の刀に見事真っ二つにされた颯霞さんの刀は、氷の異能の効力を失い、情けなく地面に横たわっていた。
「あぁ……。ははっ、さすが七海さんですね。貴女はやっぱり噂通りとても強い女性です」
「ふふっ、お恥ずかしい限りです。ですが、伊達に“子規堂家長女”をやっている訳にはいきませんからね」
異能者のトップに君臨する者として、ある程度の志や高みを目指す努力がなければすくに崖っぷちへと追いやられて突き落とされてしまうだろう。
「七海さん、もし宜しければなんですが、───今日、俺と一緒に夜狩へ行きませんか?」
私をそれに誘う颯霞さんの瞳がキラキラと輝いている。そんな期待に満ちた瞳で見つめられれば、断る選択など出来ないではないか。
「はい、是非」
「ははっ、やった……!」
颯霞さんが時折見せる、その子供っぽい無邪気な姿。私はそんな颯霞さんを見るのも悪くないと思っていた。私しか知らない颯霞さんの意外な一面。
それは一生、私だけにしか見られないものだと、今は本気でそう思いたかった。
◇◇◇
夜の気配が漂う赤々とした夕焼け空が刻々と闇に包まれ、残照に染まっている。
私と颯霞さんはそんな夕映えの空の下で、黄昏時が過ぎるのをただゆっくりと、静かに息を潜めて待っていた。
もうすぐで、異能者以外の普通の人間が外で行動出来る時間が終わる。それは、悪鬼や異形、妖魔が姿を表すということを指し示していた───。
私たちが今から行おうとしている夜狩というのは、よく中国の物語に出てくる言葉なのだが、その意味は屍や悪霊を狩る修道士たちの生業を表している。
一つの仙門、(ここでは一つの異能家とする)が一方的にそれらを狩り尽くすのは無礼な行為とされ、人間としての善良な心構えに背く行いである。
だから私たち異能者は常に周りに気を配り、妖魔や異形を分け合わなければならないのだ。
多くの異能家がそれを狩りたがる理由は、多大なる力を持ち合わせている異形や悪鬼、妖魔を狩るだけで、大いなる名誉と功績を残すことが出来るからだ。
もちろん、弱小のそれらも大量に狩ることが出来れば、それはこの日本国への献身となり、それに値するだけの功績を帝から頂けるのだ。
強い力を持ち合わせた者は、当然上へと上り詰めることを望む。これがいわゆる異能界での“成り上がり”だ。
「颯霞さん、いよいよですね」
「はい。七海さんは緊張しておられますか?」