まるで前から用意していたような言い方をする颯霞さんに、また悪戯心か湧く。
「ふふ、随分と準備周到ですね。ということは、私に頼む前から、用意していたのですか?」
私はにこっと笑って、颯霞さんの慌てたようなそんな可愛い反応を待つ。
我ながら、ちょっと意地悪かな、と思ったけれど、好きな人をからかうのはやっぱり楽しいのだから、しょうがない。
こんなことを颯霞さんに言ったら、拗ねてしまいそうだから口にはしないけれど……ふふっ。
「……っ、!え、あの……そ、そうです。すみません」
颯霞さんはやっぱりそのことが少し恥ずかしかったのか、頬を赤く染めて慌てたようにしてそう言った。
「やっぱり慌てている颯霞さんを見るのは楽しいです」
先程口にしないと決めていたのに、もっと颯霞さんをからかいたいという気持ちが溢れ出して、口をついて言ってしまった。
「わ、わざと言ったのですか!?七海さん、悪戯が過ぎますよ……」
私が悪戯心で意地悪をしていると知り、不満そうに眉を顰めた颯霞さん。だけどその不機嫌な表情は、次の私の言葉でパアッと花が咲いたように機嫌の良いものになった。
「───良いんですよ、私は颯霞さんの願いなら何だって受け入れるつもりですから」
「……っ、それ、本当ですか?」
「はい。冗談で言える言葉ではありませんから」
私がそう言うと、颯霞さんは恥ずかしそうに首に手を持っていきながらそれを可愛げに傾げた。
初めて会ったばかりの時は、氷織颯霞という人は冷酷な隊長さんかと思っていたのに、実はこんなにも可愛い一面があったなんて……。
そしてそれを知っているのが私だけだという事実に、どうしようもなく胸に何か熱いものが流れてくるような感覚がした。
「約束、してくださいね」
「はい、必ず」
貴方にだけは、素直になりたいと思った。嘘偽りのない言葉は、こんなにも自分自身を幸福感で満たせてくれるものだったなんて、今初めて知った。
私はそれが嬉しくて、にっこりと頬を緩めて笑った。
◇◇◇
「では、始めますね。最初に私と対戦したいと申し出る方はいますか?」
たすきで着物の袖を縛り、背中の方でたすき掛けをする。十二月の肌寒い空気が私の腕に触れて、ひんやりと体温を奪われていく。
けれど、その訓練場にいた兵隊さんたちは皆、こめかみから汗を流して今日も訓練に懸命に励んでいた。
こんな寒い中汗をかいて訓練し続けているなんて、……。寒い中長い間待たせていたことに、私は何とも言いようのない罪悪感を抱いた。
刀を何度か上下に振っている内に、体が温まっていき、着物の中にじんわりとした汗が浮かぶのが分かる。剣術を極めることはとても大変で、難しいのだ。
それなのに諦めることなくこうして毎日鍛錬を続けている颯霞さんの隊の人たちを見ていると、私も頑張ろうと思える。
「七海さん、最初は俺と勝負をしてください」
「はい、分かりました。颯霞さん」
私はジャリ、と砂を革靴で擦って、鞘から刀身を抜いた。この動作を、鯉口を切ると言う。颯霞さんも私と同じように倣い、同時に右手で柄に手をかけた。
互いのことだけを見つめ、ゆっくりと歩を進めて行く。大きく開いていた私と颯霞さんの距離がどんどん近づいていった。
お互いの距離が後少しという所で、私たちは勢いよく柄頭を相手のいる方向へ向け、鞘に収まっていた日本刀を素早く抜いた。
「颯霞さん、いきますよ……!私に付いてきてください」
「はは、七海さんこそ、俺に付いて来られますか?」
「ええ、舐めてもらっては困ります!」
カキーーンッ!という金属と金属がぶつかり合う鈍い音が訓練場に響き渡る。周りからは私たちの対戦を観戦する兵隊さんたちの興奮したような歓声がどっと湧き上がった。
腕を滑らかにしならせ、私は全身を使って刀の動きを操る。冬の冷たい空気がその透明に光り輝く刀に切られ、何とも幻想的な空間を作り出していた。
颯霞さんの体の周りに、幾多もの雪の結晶が浮かび上がり、それは宙から颯霞さんの持った刀に俊敏に移動した。