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　七海は孤独だった───。この世に存在する罵詈雑言(ばりぞうごん)は、全て彼女のために在るようなものだった。七海は、本当は日本女児ではなかったのだ───。　

　これから私が語ることは、全てが私の記憶という訳ではありません。私は、小さい頃の記憶を全て失って、孤独に生きてきたのですから……。私の恩人であるあのお二方が、可哀想な私に全てをお教えして下さったのです。

　昔々、ある所にとても美しい容姿をした少女がいました。その少女は、刀剣の才に恵まれ、その浮世離れした雰囲気から人々に尊ばれてきました。そしてある日、彼女の元に隣国の皇子(おうじ)が婚約を申し出に来ました。

　……そう、七海は、北の国の皇女(こうじょ)だったのです───。


『エマ・シャーロット(Emma Charlotte)姫様、ぜひ僕の婚約者となってくれませんか？』


　ヴィラン・ラ・モニーク皇子は、七海に婚約を申し出るため遥々馬車に乗りこの国までやって来ました。

　───そう。七海の本当の名は、エマ・シャーロットだったのです。当時、エマの歳は三歳ほどで、ヴィランの言っていることはあまり理解出来ていませんでした。

　それでも、誰もが慕っていた隣国の皇子がエマの国を訪れた時、エマの両親は涙を流しながら喜んでいました。土地は枯れ、住民は餓死寸前だった七海の国は、今にも破滅の危機に迫られていたからです。

　そんな中、その国を助けようと隣国から使いがやって来ました。その行使たちの中には、ヴィラン皇子もいました。

　エマの姿を一目見た皇子は、その瞬間にエマの美しすぎるその容姿に目を奪われていたといいます───。


『なんという、美しい皇女なのでしょう……』


　皇子は当時八歳で、エマとは結構な歳の差があったがそれでも厭わないほど一瞬にして美しすぎる容姿をしたエマに惚れ込んでしまったそうなのです。

　そのことが、エマが本当の両親の元から、愛する祖国から、離れなければならなくなった、最大の出来事──元凶──になってしまうということも知らずに……。


『エマ姫様、お湯加減はいかがですか？』

『ん〜、凄くあったかくて丁度良いよ！』


　小さい頃の私は、本当に何も知らなかった。時にこんなにも幼い少年の純愛が、一人の少女をここまで辛く追い込んでしまうことになろうとは───。

　無知だった、無能だった、あの頃の私。だけど、本当は誰も悪くなんかない。ヴィラン皇子にお湯で背中を流してもらいながら、あの頃の私は一体何を思っていたのだろう……。

　キラキラと輝く白銀の真っ白なふわふわの髪の毛に、一瞬で目を奪われていた。その瞳は太陽よりも真っ直ぐに輝く黄金で、それは隣国では“皇家”の証として、代々受け継がれてきたものだ。

　私の祖国の皇家では、“青眼(せいがん)”の瞳がその一族の証だった。その皇家の皇女として生まれた私の瞳も、海のように深く透き通った深い空の青のように澄んでいて穏やかなものだった。

　そのゆったりとした柔らかい雰囲気を醸し出す青眼は、穏やかなだけでなく青色のダイアモンドのように、キラキラと輝いていた。

　エマの家は、皇家にしてその効力を有していなかった。北の国では、住民のために必要となる食料も十分に穫ることは出来ないほど、雪や氷(ひょう)などの天候災害に悩まされていた。

　シャーロット皇族。現在の家族構成は、皇帝、皇妃、そしてその二人の間に生まれたエマの妹と弟が一人ずつ……ということだった。

　この情報も、エマが七海という偽名を使って日本国で生きている時にノア様方に命令された任務を果たした褒美として与えられたものだ。

　あの二人にとって、もう私というシャーロット皇家の第一皇女は、どうでもいい存在なのだろう……。

　そう考えるだけで、私は深い深い海の冷たい水に体を包まれて、体温を奪われるようにして海底へと引きずり込まれていくような、そんな絶望感を覚えた。