私たちのこの関係は、不明瞭なままでいい。颯霞さんが顔を染める意味なんて、私の心臓がこんなにもドキドキとしている理由なんて、これから先も一生分からないままでいい。
「俺は、自分のせいで七海さんのお体に障ってしまうのではないかと考えただけで、やはりどうしようもなく怖いのです。……だから、俺たちが寝床をともにするのは、お互いがまた元気になってから。そうするのはどうでしょうか?」
颯霞さんはそう言って、ふわっと百合の花が咲いたようにして笑った。どこからか鈴の音のような軽やかな音が聞こえ、私は衝動的に、颯霞さんの唇を奪っていた。
「………っ!?」
本当に、無意識だった。私は深く深く颯霞さんの唇に自分のものを押し付け、ゆっくりと瞳を閉じた。颯霞さんも最初こそ驚いていたものの、私と同じように瞳を閉じて、深いキスに応えた。
「んっ、……ぁ、んんぅ」
「…っ、七海、さん」
熱すぎる吐息が交わり、顔を離してもすぐに塞がれる唇。いつの間にか立場は逆転し、私は颯霞さんに押し倒されるようにして、覆い被さられていた。
この昼間のことは、決してなかったことになど出来ない。私は少し、熱にうなされて酔っていただけだ。だから、普段は自分からはしないようなキスも、自分からしたのだ。
……だから、こんなことになってしまったのは、熱のせい。颯霞さんも熱で気がおかしくなって、あんなにも激しく求めてきただけだ。
「あっ…んん、……っぁ」
ベッドがギシギシと音を立てて揺れて、その男女が何をしているのかすぐに分かってしまう。何度も何度も違う角度で落とされる唇。脱がされてゆく着物たち。
カーテンが閉まりきった薄暗い部屋で、私たちは気の向くままに深く深く愛し合った。体中が熱くて、普段よりももっと激しく求め合う。
「七海、さん……っ、愛しています、貴女だけが、俺がこの世界で生きてゆく意味…っなんです」
「私も、颯霞さんのことが好き……っ」
絶対に言ってはいけなかった言葉。この言葉だけは、死んでも言ってはダメだったのに……。前に抱かれた次の日の朝、私は颯霞さんと同じ気持ちだということに頷きはしたが、ただそれだけだった。
だけど今日は、その言葉を口にしてしまったのだ。……あぁ、こんなつもりはなかったのに。最初は、本当にただのどうでもいい人で、赤の他人だった颯霞さんを、今では自分の命にでも変えられる大切な人だと思ってしまっている。
私の一番深い所に、颯霞さんの熱いものが届いた。官能とは、こんなにも良いものなのかと目を見開いた。
もう、後戻りは出来ない。言ってしまった言葉は取り消せない。それでも、私はこの人と幸せになりたいと望んでしまった。
自分が祖国の反逆者となろうとも、今はそんなことなどどうでも良かった。
私は颯霞さんの重すぎる愛に深く深く溺れていって、やがて息も出来ないくらい苦しい愛に、愛おしさを覚えてしまうのだろう。
「颯霞、さん……っ。私は、貴方のことを深く、深く愛しております……っ、」
いつか、この恋は終わってしまうかもしれない。自分の全てを捧げてもいいと思えた男性に棄てられてしまうかもしれない。
それでも、今だけは……。熱なんていう理由には逃げないで、堂々と颯霞さんと繋がっていたいと思った。
────ごめんなさい。
私の“本当”の、お父様とお母様───……。貴方方は私のことを憎んでいらっしゃるのかもしれない。それかもう、私のことなど忘れてしまっているのかもしれない。
小さい頃に両親と離れ離れになった私も、二人の顔に深い霧がかかってしまったようにしてうろ覚えだ。私の新しい両親は、本当に冷たくて、酷い人たちでした。
幼い頃の記憶が殆どないままこの国に連れてこられた私は、義父が本当の父親であると洗脳されてしまっていたのです。
父が本当の父親でないと知ったのは、私が十六の時でした───。