颯霞さんといると私の気持ちは初めてのことばかりで、収集が付かなくなる。人を心配する気持ち。
私はこれまで自分に対してさえ心配という感情を抱いたことはないのに、颯霞さんのお辛そうな顔が瞳に映ると、じっとしていられなくなるほどに心が乱れてしまう。
「それじゃあ俺は、ソファで少し横になりますから…、七海さんはベッドで安心して眠ってください。まだ体調は完全に回復していないのですから」
颯霞さんはゆっくりとした動作で私から離れ、少し遠くに置かれている大きくて座り心地の良さそうなソファへと歩いて行こうとした。
七海はそんな後ろ姿が気になり、声を掛けた。
「……颯霞さんは、このベッドで寝ないんですか?」
「……え、?」
私がそう聞くと、キョトンとした表情で振り返った颯霞さん。あれ、私変なこと言っちゃったかな……と、少し不安な気持ちになりながらも、もう一度聞いてみた。
「あの、…だから、颯霞さんはこのベッドで寝ないのかと聞いているのです。そのようなお体でソファでお休みになられても体調は悪化する一方です」
私は、颯霞さんのことが心配なのだ。そして、こんなにも心配してしまうという理由には、私がもう颯霞さんのことを他人として見られなくなっているから……。
別にどうなっても良かった人。最初は簡単に傷付けられると思っていた人。この人を裏切っても、私には関係のないことだと割り切れていた。
だけど私は、今はそんな感情を一切抱くことが出来ていないのだ。颯霞さんの隣りにいるうちに、こんなにも情が湧いてしまった。これは私の祖国に対する、反逆行為だ。
ノア様から渡された任務書の通りに事を行わなければいとも簡単に殺せてしまうような、そんなどうでもいい存在なのだ。───私は。
「ベッドには、七海さんだけが寝てください。俺がそこで寝てしまったら、七海さんがソファに移らなくてはならなくなってしまいます」
颯霞さんは眉を下げて、小さな子供をたしなめるようにしてそう言った。
颯霞さんは、私が本当に言いたいことに、気付いていないのだろうか……。
それとも、わざと気付かないふりをしている?
わざわざこのことを自分の口で伝えないといけないということが、ひどくもどかしい。
私は重い体を起こそうとベッドに肘を立て、大きな枕に背を預けた。颯霞さんはそんな私を心配してこちらに手を伸ばしかけたが、その手を力なく下ろしてしまった。
「……私がこのベッドから移るとは、言っていません。だから、その……二人で一緒に同じベッドで寝ても良いのではないかと思ったのです!」
なぜこんなことを言わせるのだ。弱っている乙女の心くらい、気を利かせて読んでくれたら良いのに……。
私は顔に熱が集まっていくのを感じながら、颯霞さんの瞳を真っ直ぐに見つめた。
颯霞さんは私の言葉に目を大きく見開いて、私の方へと歩み寄った。だらんと力の抜けた私の手を両の手で包み込み、颯霞さんは切なそうな顔をして私を見つめていた。
「……本当は、俺も七海さんと寝床を共にしてみたいのです。だけど、具合の悪い俺が七海さんの隣で休むと、おれが感染ってしまうかもしれない。……それが、俺はどうしょうもなく怖いのです」
慈愛に満ち溢れた、優しい声音。本当にこの人は、自分の欲ではなく、第一に私のことを優先してくれる。
どうしてそんなことが出来るのかと、どうしてそんなにも広い心を持つことが出来るのかと、問い質したくもなる。
「そんなこと、気にしなくてもいいのに……」
思わず、心の中の声が口に出て、颯霞さんの耳へと届いてしまう。颯霞さんはそんな私の言葉に頬をほんのりと赤く染めていた。
それが熱のせいなのか、それとも私の言葉に嬉しさを感じてくれているのか、どちらかは分からない。それでも、私はそれで良いと思った。