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 昔から体が弱かった。よく話す子でもなかったし、人よりも秀でた才能を持っていた子でもなかった。両親の期待に応えられない私は、“いらないもの”だった。

 体が弱い上に、鬼を倒す“異能”さえも使えないどうしようもない子だった。沢山の子たちからいじめられ、仲間はずれにされ、挙句の果てには両親にさえ、無視され虐められた。

 幼き子供の言うことは時に大人よりも残酷で、私の心は抉れた。この時の私は、自分は欠陥品なのだと、そう思い込んで生きていた。


『七海、今日からお前に剣術を教えてやろう』


 そんな私に、父がある日優しい顔をしてそんなことを言ってきた。その顔は、酷く気味が悪かった。何を考えているのか分からない暗く濁った瞳で見つめられ、私はただ頷くしかなかった。

 父の機嫌がいい時は、大抵良くないことが私の身に起こる。


『これがお前にやる刀だ。大切に使いなさい』


 渡された刀は重かった。屋敷の庭の草木がキラキラと陽光に反射した透明の刀に映えていて、それがこの上なく美しかった。

 私はその日から木刀を使い体を鍛え始めた。父が私に与えてくださったんだ、認めてくれる最後の機会を……。

 そう思いながら、私は早朝から晩まで体が疲れていることも構わずに鍛え続けた。そんな私を、弟妹(ていまい)たちはこっそりと草の陰から覗き見て、嘲笑っていた。

 いつもはとても窮屈に感じていた気持ちの悪い視線たち。だけどこの頃の私はそんなもの眼中にも入らなくなるほどに、刀を振るうことだけに熱中していた。


『ふっ……はぁっ、はぁっ……!!』


 何度も何度も刀を振るっていた私の手は、やがて大きな豆が出来て、それが治る頃にはもう既に分厚く硬い剣術をしてきた立派な手になっていた。

 子供の時は、それが誇らしくて仕方がなかった。

 ドサッと庭の草むらに転がり、私は春の夜の星空を見ていた。父がくれた刀をとても大切そうに握り締めて……。

 病弱で布団に寝ていたばかりの日々。そんな日々を抜け出して、私は今、確実に強くなっている。もう私は、何の期待もされない可哀想で惨めな子供なんかじゃない───。

 ……そう、信じていた。

 そう、信じていたのに───。


『全く、あの子はいつになったら成長するのですか。あの出来損ないは私たちの家系に泥を塗っているだけですよ満代(みつよ)さん』

優笑(ゆえ)、そのような言葉は慎みなさい。あの子は十分頑張っているんだ』

『でも貴方…』

『あの子たちにもきちんと言っておくんだな。七海を馬鹿にするなと。(るな)(あかね)(ひかり)にそれから何だ?数が多すぎて分からん』


 私の母は、短気な人だった。父はそんな母の家に婿として迎え入れられたのだ。

 それだからか、父と母の間に序列関係が生まれ、必ず一番じゃなければ気が済まない母がこの子規堂家の当主として最も偉い位置に着いていた。


『あの子は私たち子規堂家の恥です。今すぐにどこかへ嫁がせて追い出すべきなんですよ』

『…はぁ、何を言っているんだ優笑。だから言っているだろう、七海は私の実の娘なのだぞ。そのようなことが出来ようものか』


 母が私を理由もなく忌み嫌うそのわけ。弟妹たちがそんな母を(なら)って私を馬鹿にするそのわけ。それは、

 私が母の実子ではないから───。


『優笑、考えるのだ。あのような者を嫁がせて、我々に相手側から迷惑書が送られてきたらどうするのだ。きっと婚約も長くは続くまい。面倒事は増やしたくないのだ』


 その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で何かが砕け散る音がしたんだ。私を庇ってくれているようだった父の言動は、ただ面倒事を避けるためだけの、表面だけの嘘だったということ……。

 なぜ、そんなことにも気付かなかったのだろう。ちょっと考えれば、簡単に分かることだったのに。父に少しでも実の娘を思う気持ちがあると期待した自分が馬鹿だった。

 愚かだったのだ───。

 両親の会話を偶然耳にしたその日から、七海は全ての希望を失い、また前のような惨めな生活に戻りつつあった。