もちろん、そんなことを私は知る由もないが。
ただ、そう噂されてきたことは知っている。私はやはり、自分への評価が高い人間なのだろう。そうでなければ、自分の噂もこの耳へは入ってくるまい。
「氷織 縁壱様、氷織 茉吏様。今日は私めを如月家へお呼びいただき誠にありがとうございます」
七海はそう言って、両の手の指先を綺麗に合わせ、深く深く御辞儀をする。凛とした声音。立派な正装を纏った七海が綺麗な着物の裾を床を擦る趣のある音を奏でる。
それは意図的ではなく、ごく自然に。
「そんなに畏まらなくてもいいんだよ、七海さん」
颯霞さんのお父様である縁壱様は優しい声音でそう囁いて、私の肩に手を置いた。軍服のよく似合う、立派なお方。かつてはこの日本国を世界的に進化させた軍隊の元総監督であった偉人。
それが、颯霞さんのお父様なのだ。
「七海さんのお話は颯霞から耳にタコができるのではないかというくらい沢山聞いておりましたよ。颯霞の言う通り、本当にお美しい方ですごく驚いておりますわ」
そう言って茉吏様はお上品に笑った。
「恐縮な限りです……」
七海はそう言ってもう一度深く頭を下げた後、真っ直ぐに氷織夫婦を見つめた。その目はあの見合いの日に見た一点の曇もない綺麗な颯霞の瞳と酷似していた。
その内側から溢れ出ている淑女としての自信。その自信は傲慢さを通り越して、もはや心地良くも思えてくる。
自信はこの時代を生きる人間にとって最強の武器だ。時に美しく、しなやかで、危険が迫るとその隠していた牙を剝く。なんて恐ろしいものなのだろう。
「婚約式に挙式、結婚式にとこれから色々と大変だろうが颯霞がきっと七海さんを手助けしてくれると思うから安心しなさい」
耳に心地よく響く縁壱様の低い声。私はそれに笑顔を浮かべて上品さを纏った仕草で頷いた。
「はい。そうおっしゃっていただけてすごく安心しましたわ」
私はそう言って、一輪の薔薇が咲いたようにふわっと可憐に笑った。