それなら今までと変わりなくすれば、妊娠する未来も近い。

 俺は眠っている七海さんを自分の方へ抱き寄せて、その柔らかそうな七海さんの唇に、自分のものを重ねる。

 舌を入れると、七海さんの舌が自分の舌に絡みついてくる。口づけがどんどん深くなっていき、七海さんは苦しそうに眉を顰める。


「ん、颯霞さん……?んんぅ、……ん、苦し」

「あ、起きましたか……?先程言っていたことは、一体何のことですか?」


 寝起きの七海さんは、いつもの可憐さが消え、可愛さが倍に増していたが、俺は今、それどころじゃない。


「……?何の、ことですか?」


 もしかして覚えていないのだろうか。でも、そうか。自分が寝ている間に言っていた寝言など、覚えている者の方が常人ではない。

 でも七海さんは、いつも抜かりない完璧な人だ。夢の内容くらい、覚えているだろう。


「リリー様やノア様という人たちのことです。先程、そう呟いていました」


 俺は端的にそう言う。すると、七海さんからは予想外の反応が返ってきた。真っ白で綺麗な顔がどんどん真っ青になっていくのだ。何事だ、と思った。

 その名を知られては、何かまずいことでもあるのではないか。そう勘ぐってしまう。


「え、えと……あの、それは颯霞さんには関係のないことです。そうむやみに干渉されると、あまり良い気はしません」


 真っ青だった顔色が、だんだんと通常の顔色に戻っていく。今、完全に境界線を引かれてしまったな……。


「それは、俺には言えないようなことですか」


 関係ない、と言われると少し寂しさを感じてしまう。俺にとって七海さんはもう、ただの他人ではないし、それどころか結婚したいとまで思っているのだから。

 でも、七海さんは俺と同じ気持ちではないと言われているようで、少しだけ心臓がえぐられる。


「七海さん…?」

「あ、……はい」


 こんな七海さんは、珍しいな…。いつもはボーっとすることなんて絶対にないのに、今の七海さんは少し、魂が抜けてしまったように感じられる。


「颯霞さん。いつまでもこうしているわけにはいきません。今日は、颯霞さんのご両親にご挨拶に参ったのです」


 今は、それどころではないというのに。俺はあなたに、寝言の内容を話して欲しいのに。

 七海さんはきっと、自分から折れるということを知らない女性だ。それはやましいことからくる行為ではなく、七海さんのプライドが高いからであろう。


「あ、……はい」


 今、完全に境界線を引かれてしまったかな……。俺はそう一人、落ち込む。今日は、俺の両親に七海さんを紹介する日だ。

 今はちょうど正午で、約束の時間まではあと少し。


「颯霞さん。私は別に、境界線を引いたわけではありません。ですが誰にも言えない秘密があるということは必ずしも私だけだということはないでしょう?」


 まるで俺の心の中を見透かしたような言葉だった。こうやって何度か体を重ねて、七海さんは俺の心まで見透かしてしまえるようになったのだろうか。


「そう、ですね」


 何も反論出来ずに俺はただ一度頷いた。だって、今七海さんが言ったことは正論だったから。誰にだって、他人には言えない秘密がある。

 それは当たり前で、当たり前過ぎて今まで忘れてしまっていたことだ。

 俺の返答を聞いて満足そうに頷いた七海さんは、きちんと背を正して俺の腕に七海さんの腕を回す。


「行きましょうか。颯霞さん」


 ふわっと微笑んだ表情が大輪の薔薇よりも美しかったことは俺だけの秘密だ。


 ◇◇◇


「いやぁ、七海さん。遠い所からよく来てくれたね」

「ふふ、私も嬉しいわぁ」


 金を基調としたヨーロッパ風の雰囲気が漂う洋室の一角で、私は背筋をピンと正して良い婚約者を演じていた。

 ふんわりとした柔らかい笑みを湛え、見ている人全員が好気的な視線を寄越してきた私のこの笑顔。

 見ているだけで嫌な気持ちが全て浄化されていくような、荒れ狂っていた心の海が穏やかに凪いでいくような、そんな気持ちにさせられる。