屋敷の前にそびえ立つ、金で作られた門に近づくとそれは勝手に開く。この屋敷には、色々な魔法のような仕掛けが施されているのだ。
玄関も同じく、勝手に開き、何も敷かれていなかった床には、赤いカーペットがすばやく現れる。
「旦那様、おかえりなさいませ」
沢山のメイドや執事が俺の帰りを迎え入れる。長すぎる廊下に綺麗に一列に並んで、綺麗な背格好で御辞儀をするその姿は、軍隊の人たちととてもよく似ている。
俺はそれを軽く受け流して、廊下の一番奥にある私部屋へ向かう。
七海さんは俺の腕の中で気持ち良さそうに寝息をたてていて、自分の中にある男の欲求というものがくすぐられる。
入った先にある部屋は水色が基調とされた簡素な部屋。必要最低限のものしかこの部屋にはなく、ベッドにソファ、デスクや椅子など本当に寂しいくらい、何もない。
昔はこの部屋に閉じ込められるようにして勉学に励んでいたな……。
そう懐かしむように考えた後、七海さんをゆっくりとベッドに下ろす。今日からは七海さんもこの屋敷で住むのだと考えたら、嬉しくてたまらない。頬が四六時中緩んでいそうだ。
今まで、数え切れないほどに婚約者が父上の手で移り変わっていた俺は、嫌悪していた女性のこともあまりよく知らない。これまでの婚約者とは、口を利くことすら御免だった。
女性は何を好むのか。七海さんにどんなものを贈ったら、喜んでくれるのか。七海さんは俺に甘えてほしいのか。
それとも甘えたいのか。これ程ないほどまでに七海さんに対し、愛という感情を知ってしまった今と前とでは、見える世界が全く違う。まるで、そう。天と地の差があるのだ。
「七海さん、……大好きです」
そっと七海さんの耳元で、極限までに低めた甘い声で、そうつぶやいてみる。そうした後、何だか気恥ずかしくなって七海さんから離れようとすると、突然左手首を掴まれた。
白くて細い綺麗な七海さんの手が、俺の腕を掴んで離さない。そして次の瞬間には、俺は七海さんと同じベッドの上にいた───。
「は、……!?」
七海さんの綺麗な顔がドアップで俺の前に現れる。押し倒されて、る……!?
「颯霞さぁん~……わたし~、颯霞さんとほぉんとうに結婚したいんですう……。でもぉー、リリー様とぉ、ノア様がぁ……それを許して……くれ、な……ですぅ……」
ま、まさか七海さん……酔ってしまってる!?
でもいつお酒なんかを、……。あ、もしかしてあれ…か?
七海さんが飲んでいたお酒らしきもの。容器が普通のものとは違っていたからそこで気づくべきだった……!
しかもリリー様とかノア様とか一体誰のことを言っているんだ……?
まさか、七海さんの御両親、……とかか?
でも、そうなると一つの疑問が浮かんでくる。
それは、この縁談自体、七海さんの御両親と俺の両親の意見が一致したからこその政略結婚だったのだ。
今はお互い相思相愛になって、幸せに結婚できる未来があるというのに、あちら側がこちらとの縁談を拒んでいるのだとしたら……?
そうしたら、もうこちらに勝ち目などないのではないか。氷織家は初代当主の頃から位の高い貴族だったが、それ以上の権力を握っていたのは、実は子規堂家なのだ。
国一番のお嬢様。
国一番の権力を持つ家柄。
今では七海さんの御両親がこの国を担っていく者なのだ。
「七海さん。起きてください…!さっきのは、さっき言ったことは一体どういうことなんですか……!」
俺の中で、嫌な想像が広がっていく。やっと大切な人を見つけられたと思ったのに。また、俺から……大切なものを奪っていくのか……?
………そうだ。七海さんとの婚約が破棄にならないようにするためには、その方法は一つしかない。それは、
七海さんを孕ませること。
子供さえ妊娠すれば、あちらといえども無理矢理婚約破棄することもないだろう。これまでの情事だって避妊具を使わずにしていた。