「颯霞さん。これからは、ちゃんと颯霞さんのことを頼ります。私は、貴方の妻になる者として、相応しいのでしょうか」
「何言ってるんですか。殺しますよ?貴女は、もう俺だけのものです。七海さん以上に素晴らしい女性はこの世に存在しません。俺から離れていくようでしたら、七海さんを殺して、俺も死にます。だから、絶対に俺から逃げないでください」
狂気じみた言葉。その覇気にまたもや怖気づいてしまったが、それが颯霞さんの本音だと思うと、なんだか嬉しくなってしまう。
こんなにも私のことを愛してくれて、強すぎるほどの束縛をしてくれる。こんな風に思ってしまう私は、結構Mだったりするのだろうか?
一人でそんなことを考えながら、小さく吹き出した。
こんなにも幸せな日が、ずっと続けばいいのに……。
颯霞さんを傷つけてしまう日が来ることなんて、今日は忘れて、颯霞さんにいっぱい愛してもらいたい。
そして、私も心から、颯霞さんを愛していると、伝えたい。
私達の行き着く先は、こんなにも明るいものではないかもしれない。颯霞さんと一緒になったことを後悔する日が来るかもしれない。
でも今は、ずっと、颯霞さんの腕の中で、安心できるところで、静かに存在したい。
そう思ってしまっては、だめなのでしょうか……?
◇◇◇
颯霞さんと仲直り出来たあと、私は颯霞さんに琴やら花瓶やら色々な大道具を車まで運んでもらって、一息ついていた。
先程までの狂気じみた颯霞さんはもうそこにはいなくて、いつもの穏やかで優しい颯霞さんがいた。
「七海さん。眠っていてください。俺の屋敷まではまだまだ遠いですから」
「あ、では…」
何から何までしてもらって申し訳ないのは山々だが、先程ちゃんと約束したのだ。
颯霞さんを頼ると。
颯霞さんは迷惑だなんて思っていないのだから、私は私のしたいことをやればいいと。
そう言われても、そう簡単に出来ないのが長年の習慣だ。いつも下の身分だった私は、頭を下げること、謝ること、迷惑をかけないこと、……などの沢山の『遠慮』を叩き込まれてきたのだ。
そう簡単に、その悪い癖が治るとは到底思えない。
私はゆっくりの目を閉じて、眠るよう努力する。しかし、努力するまでもなく、私は颯霞さんの静かな運転のおかげで、すぐに深い眠りに落ちていた。
◇◇◇
「……さん。…七海……起きて……さい」
「ん、……」
俺は七海さんを起こそうと、優しく肩を揺さぶる。それでも七海さんは、寝ぼけたように俺の名前を囁き、また夢の中へ入っていこうとする。
「颯霞さん~……」
少し掠れた、七海さんの甘えたような声。それだけで、俺の理性が揺らいで下半身が反応してしまいそうになる。しかし七海さんは、さらに追い打ちをかけるように、寝ぼけ眼で俺に抱きついてきた。
「は、……!?七海、さん…?」
「ん~、……私は、なんで言うことを聞かなきゃだめなんですか~…!こっちはそれどころじゃないんですー…!」
何だか分からない寝言を叫び、力尽きたように俺に体を預ける七海さん。俺は取り敢えず七海さんをしっかりと座らせ、車から降車する。
そして右の助手席の方へと移動する。この車は外国製のもので、普通は左が助手席、右が運転席となっているが日本製の車とは左右が反対なのだ。
「七海さん。失礼しますね」
一度断りを申してから、七海さんの膝の裏に腕を回す。そしてお姫様抱っこをするように、七海さんを抱き上げた。起こすと申し訳ないから、自分で勝手に運んでおこうと考えたのだ。
七海さんはいつまでも穏やかに、眠り続けている。とても穏やかで、優しい表情だ。
すっと通った鼻筋に、綺麗に整えられている眉毛。ぷるんとした柔らかな唇に、長い睫毛。
俺の屋敷に行くためだったのか、化粧もしている。透明のように白い頬。閉じられた瞼にはピンク系統のアイシャドウが付けられている。
はっきり言って、七海さんの顔は俺の好みだ。今まで女性に興味さえ抱いていなかったのに、七海さんに出会ってからは、自分の好みも明確になっていった。