「やだあ、ご謙遜を!簡単ですよ、大丈夫!」
「いえいえ、チームワークはいつぶりだか…皆さんの足手まといにならないか心配です。」
一色は佳芳から振られた話に答えていた。
探偵であるからには、やはり謎解きゲームなどお茶の子ではないかと。
今回のイベントメンバー全員で協力して行うマーダーミステリというレクレーションがメインだそうだ。
そのメインディッシュの前に、カードゲームやボードゲーム更には合法カジノをオードブルとして親交を深めるといった計画らしい。
佳芳の説明は次の通りだ。

「——さて…みなさんには、探偵とその楽しい仲間達になっていただきます。
これから向かう國近邸…別名紺青館(こんじょうかん)で、私たちお手製の謎を解いていただきたいのです。
今回の謎解きの形式はマーダーミステリというものになります。役割を振り分けてみんなで考えて解決するのです。」
ふふ、”謎”のご説明は館に着いてからしっかりとしますよ、ご安心ください。
そして探偵の一色先生がいらっしゃってくださいました。本業の方のご意見も取り入れながら、推理していただきたいのです。
あはっそんなすっとんきょうな顔なさって、頼りにしているんですよ?
一色先生なら開始数分で真実を言い当てられてしまうのでしょうかね、そうでしたら代わりの謎をご用意しないと。」
佳芳は一色に対して話を丸ごと投げた。
「そんな、私の依頼完了期間は最短一週間ですよ。それを3度夜が明けただけで解明できるかどうか…」
彼は困ったように笑う。本当のことだった。そんなに駆け足の捜査なんて1人ではできないのだから。
するとご謙遜を!と佳芳は明るく笑った。
しかし今回は仲間が用意されるとのことだ。
恐らくこの車内の人間、そして館にもう既に着いているというメンバーと共に考えを巡らす。
いくら本職が探偵だからといって一色が仲間に頼ってはいけないルールなどないだろう、ゲームとはいえ話し合える人物がいるのはありがたい。
「うお、森ん中だ、すげ〜!」
金髪君の声で皆が窓の外に視線を向けた。
先ほどまで遠く山が見える程度だったのに、今や見渡す限り葉や木ばかりだ。
「山に入りました、もうすぐですよ。」
京司が呼びかける。
そろそろ降りる準備をしておいた方が良さそうだ。一色はふと兎乃の方を見た。
外の瑞々しい緑を興味深そうに眺め、木漏れ日に肌を照らされている。さらさらと動く影が彼女の瞳に落ち、口はきゅっと閉じているというのに、微笑んでいるかのような美しさだった。
若い、青い。
それが一色が彼女に対して思ったことだ。
この森の青葉のように柔らかく、弱く、綺麗だった。
そしてどこか、冷めた雰囲気が一色を捉えて離さなかった。か弱いと言うにはまた少し違う。まるで過去の自分や少年Xのような見覚えのある儚さと痛々しさだった。
暗めの青い髪が光に照らされ、空色に透けるのが見てて飽きないのだ。
兎乃の居る空間だけ、空気が違うんじゃないかとも思われた。
降りるまで、ずっと彼女に見惚れていた。

「すごいですね、木の香りがする。」
東堂が股を軽く広げて立ち、気持ちよさそうに伸びをした。
緑広がる山の中、國近邸の敷地内だ。車を停めてから館まで少し歩くらしい。
「ははっとーどーさん猫みたーい」
「はい!?誰が猫だって?」
金髪君と東堂は仲良さげだった。性格や個性が全く異なる2人だが、案外相性がいいのかもしれない。
「わ、すごい。大きな門…」
兎乃も車から出るとそこで足を止めた。確かに、目の前には立派な門があり、お屋敷らしい建造物である。
「國近邸といっても先代から継いだ別荘ですから、この門も父の趣味です。派手なのが好きなんですよあの人。」
京司は困った風に笑いながら言った。
それぞれのキャリーケースや荷物を持って、京司とは一旦別れた。
車を停めてから追ってくると言う。
「じゃあみなさんは私に付いて来てくださいね。」
ぞろぞろと佳芳にならって付いていく。
東堂と金髪君は一色の前を並んで歩いていた。
「逢、荷物少ないな。それだけで足りるんですか。」
言われればそうだ。黒いリュック一つでここまで来たらしい。手にはスマホのみ。
「足りる足りる〜!こう見えて色々入るんすよ、ポケットいっぱいで。」
彼が歩くたび、じゃらちゃらとリュックに付けてある缶バッチやキーホルダーが音を鳴らす。若さをひしひしと感じた。
首や腰にもきらきらと光を反射するチェーンをひっ付けて、あれは何かに引っ掛けたり落としたりしないのかななどと一色は考える。
楽しそうな2人を眺めて、少し後ろを付いてくる兎乃に話しかけた。
「杜若さんも荷物少なめですね。」
歩く速度を少々落として、彼女と並んだ。
「え?…ええ。そうですね、服以外あまり何も持って来てません。今回は多分お土産も買いませんし。」
「あれ、そうなんですか。会社員の方だとばかり思っていたので、何か買われるんだと思ってました。」
そうか、買わないのか。一色も節約しなければならない、土産は最小限にしようかと思案した。
「あ…はい。少し前まで会社で秘書を務めていました。でも辞めてしまったので、また働き口を探さなくてはならないですね。」
お土産を買ってあげる相手も居ないですから、と静かに言う。
なるほど、一色は察した。彼女も何かと色々あるみたいである。
「秘書ですか、中々誰にでもできる仕事ではないですね。求めている企業も少なくないでしょうし、新たな仕事先が見つかるのもそう遅くないのでは?」
「そう、ですかね。」
「ええ。」
短い言葉を交わして、それからはずっと意味のない一言二言を喋り合っていた。
来る途中でこの地の名物を売る店があって美味そうだったとか、やはり東京よりこちらは涼しめだとか。
年齢を訊けば24歳だとか。
「大学卒業したばかりじゃないですか、若い。」
つい本音が口から漏れる。
「そんな。今年で25歳ですし、二年間は社会人をしてましたよ。」
ふふっとおかしそうに笑い、こちらを見た。
表情が薄いのかと思っていたが、ただ単に初対面だから人見知りしてるだけなのかもしれない。
「そうですよね、すみません。」
一色も微笑んで返す。
さあ着きましたよ、と佳芳が声をかけた。
「ここが、紺青館です。」
その館は屋根が濃い青——そう正に彼女の髪のような——で白い壁を這う緑の蔓植物が綺麗に映える洋館だった。
「わ、映画の中みたい…」
兎乃が思わずといった風に声を漏らす。
妙に雰囲気がありこの紺青館やこの森が本当に映画の中の世界のようで、この映画の世界から一生抜け出せないんじゃないか…そんな幻想に囚われそうであった。
「いいでしょう、このアイビーは自慢なんです。」
後ろから声が飛んできた、京司だ。
「よく増やしたよね、ここまで。」
笑顔で佳芳が答える。2人にとって思い入れがあるみたいだ。
「いやあ、勝手に増えたんだよ。僕たちは何にもやってない。ただこいつが…」
彼は表情を翳らせ言葉を詰まらせ、こめかみを軽く抑えた。
ぐっと顔を歪ませて屈み込んだ。頭でも痛めたのか。
「京司っ!」
「っ、大丈夫ですか。」
「どうしました?」
佳芳はすぐさま駆け寄り、支えるように京司の肩を抱いて自身もきっと顔を顰めた。
「いつもの…ことです。ちょっとこの人にも色々ありますから…」
はっきりしたことは言わず、彼を守るように言葉をかけたり背中をさすったりしている。
一色も、他の者も困惑して言葉も出なければ行動も起こせなかった。
一瞬にして空気が重く、空が暗くなったような気がした。
彼には何があるのか…?
今彼には一体、何が起こったんだ?