最後のターンを始めようとしたら、京司に止められた。夜まで待ってほしいとのことだ。
ならば日が落ちるまで何をすればいいんだという話になるが、それぞれが怪訝に思いながら各々が奔放に散っていく。
京司と佳芳は何やら影で話をしているように見て取れた。
逢と東堂はブラックコーヒーとミルクティーを片手に五千円札を1枚賭けて、トランプを使いスピード大会を行っていた。
曜はワインを飲み比べよ!と称して何本も開けては、それを一色にも味見させていた。2人は裁判の案件や事件の依頼内容などの情報交換をしていた。
一色が必要以上に酔わないだろうかと些か心配になった。少し前、冷やし中華を見た時のように瞳がちかちかとした。
兎乃は牧に話しかけられた、彼女も何か賭けて遊びたいらしい。
「ハイ&ローでもやらない?」
馴染みのあるゲームだった。
一山に盛った裏向きのトランプを前に、人物Aがまず1枚めくる。Aは次のカードはめくったカードの数字よりも、ハイ(大きい)?ロー(小さい)?と問い、相手のBはそれに答える。当たったら勝ち、外したら負けである。勝った方が次カードをめくり、同じことをする。もしBが負けた場合はまたAがめくって問う。
カードが尽きるまで続く。簡易で、覚えやすいルールである。
兎乃は少女期、同じ塾の男の子に教わって会う度に遊んでいたのを覚えていた。
「いいよ、やろう。何を賭ける?」
お金でもよかったが、それではつまらないというのが兎乃の本音だった。
「多く当てて、勝った方が相手に一つお願い事ができるっていうのはどう?」
「何にしようかな。」
「あれぇ〜、兎乃ちゃんもう勝ったつもりなの?」
小悪魔的な顔をちらっと見せてコーヒーを啜ると、牧は笑った。
「そんなことないよ、久しぶりだから勝てないかも。」
牧がトランプを驚くほどの速さでしゃっしゃっとシャッフルした。手品師がやるように半分に分けて1枚ずつ入れ込んだ。
その動きはどこまでも美しく機敏で見惚れるほどだった。実を言えば、優しい雰囲気を纏う牧がこんな風にパフォーマンスができるとは到底思っていなかった。印象と実態のギャップに少々動揺しつつ、その指先を見ていた。彼女の右手小指には細いシルバーのリングがはめられている。
「はい、始めましょ。」
綺麗に整えられたトランプを2人見つめた。先にめくるのは兎乃である。
表向きに返したカードは9のスペードだった。
「次のカードは9よりもハイ?ロー?」
「…ロー。」
なるほど、9という半分よりも大きい数が出たので、彼女は1から13まで種類のある中でより確率が高いのはローだと判断したわけであった。
兎乃がもう1枚めくる。5のハートだった。
「すごい、当たり。」
「ふふ、見くびらないでよ?さ、次のカードは5よりもハイ?ロー?」
「ハイ。」
「いいのね?」
「やめてよ。」
牧がからかうので兎乃は笑って返した。
それから10分弱で全てのカードがめくり終わった。
兎乃が当てた数、23枚。牧が当てた数、29枚。
「牧ちゃんの勝ち…」
「やった〜〜!!」
「すごいね、後半が当たりっぱなしだった。」
牧はえへへと得意そうに微笑みながら紅茶の入ったカップを引き寄せた。
兎乃をぐっと見つめて、それをまるで神から与えられた血液のようにこくんと飲み込む。偶然だろうか、紅茶はローズヒップのもので薄く赤い。
「さ、何をしてもらおう。」
「難しいのはやめてね。」
牧はゲームをやっていた十分どころかその倍以上悩みに悩んだ。兎乃は今3杯目のコーヒーを啜るところである。
先程から特にこれといった変化のない部屋の中の景色を眺めながら飲み込むコーヒーは、元が美味であっても味が落ちる気さえした。
他にすることもなく、牧の返答を微笑を浮かべながら待った。一色の頬は桜色に色づいていた。
牧は一向に答えを出さないのでそっとその場を離れ、一色と曜の座る席の方に近づく。
「曜さん、大丈夫ですか?」
兎乃には彼女が館に来てから酒を飲むことだけに明け暮れているように見えていた。
曜はもぞもぞ言いながらうつ伏せてしまっている。
「すみません。先生も私もたくさん飲んでしまって、このザマです。」
赤くなっただけだと思っていたが、近くで見てみると何だか眠そうだった。
「先生とお呼びになっているんですね。」
片付けますよ、と兎乃は曜の出したもう空のワインボトルとグラスを持ち上げてキッチンに持っていってそのまま洗った。
ボトルは2本あったが、片方にはまだ3分の1ほど残っておりもう飲まないでほしかったのでコルクで蓋をして冷蔵庫に閉まった。
戻った時に佳芳か京司に伝えよう、そういえば2人が見当たらないなと考えながら部屋の扉を開ける。
曜は完全に眠っていた。その肩には綿のブランケットがかかっている。
兎乃は呆れたように目を逸らして牧の元へ戻って行った。
京司と佳芳は何やら影で話をしているように見て取れた。
逢と東堂はブラックコーヒーとミルクティーを片手に五千円札を1枚賭けて、トランプを使いスピード大会を行っていた。
曜はワインを飲み比べよ!と称して何本も開けては、それを一色にも味見させていた。2人は裁判の案件や事件の依頼内容などの情報交換をしていた。
一色が必要以上に酔わないだろうかと些か心配になった。少し前、冷やし中華を見た時のように瞳がちかちかとした。
兎乃は牧に話しかけられた、彼女も何か賭けて遊びたいらしい。
「ハイ&ローでもやらない?」
馴染みのあるゲームだった。
一山に盛った裏向きのトランプを前に、人物Aがまず1枚めくる。Aは次のカードはめくったカードの数字よりも、ハイ(大きい)?ロー(小さい)?と問い、相手のBはそれに答える。当たったら勝ち、外したら負けである。勝った方が次カードをめくり、同じことをする。もしBが負けた場合はまたAがめくって問う。
カードが尽きるまで続く。簡易で、覚えやすいルールである。
兎乃は少女期、同じ塾の男の子に教わって会う度に遊んでいたのを覚えていた。
「いいよ、やろう。何を賭ける?」
お金でもよかったが、それではつまらないというのが兎乃の本音だった。
「多く当てて、勝った方が相手に一つお願い事ができるっていうのはどう?」
「何にしようかな。」
「あれぇ〜、兎乃ちゃんもう勝ったつもりなの?」
小悪魔的な顔をちらっと見せてコーヒーを啜ると、牧は笑った。
「そんなことないよ、久しぶりだから勝てないかも。」
牧がトランプを驚くほどの速さでしゃっしゃっとシャッフルした。手品師がやるように半分に分けて1枚ずつ入れ込んだ。
その動きはどこまでも美しく機敏で見惚れるほどだった。実を言えば、優しい雰囲気を纏う牧がこんな風にパフォーマンスができるとは到底思っていなかった。印象と実態のギャップに少々動揺しつつ、その指先を見ていた。彼女の右手小指には細いシルバーのリングがはめられている。
「はい、始めましょ。」
綺麗に整えられたトランプを2人見つめた。先にめくるのは兎乃である。
表向きに返したカードは9のスペードだった。
「次のカードは9よりもハイ?ロー?」
「…ロー。」
なるほど、9という半分よりも大きい数が出たので、彼女は1から13まで種類のある中でより確率が高いのはローだと判断したわけであった。
兎乃がもう1枚めくる。5のハートだった。
「すごい、当たり。」
「ふふ、見くびらないでよ?さ、次のカードは5よりもハイ?ロー?」
「ハイ。」
「いいのね?」
「やめてよ。」
牧がからかうので兎乃は笑って返した。
それから10分弱で全てのカードがめくり終わった。
兎乃が当てた数、23枚。牧が当てた数、29枚。
「牧ちゃんの勝ち…」
「やった〜〜!!」
「すごいね、後半が当たりっぱなしだった。」
牧はえへへと得意そうに微笑みながら紅茶の入ったカップを引き寄せた。
兎乃をぐっと見つめて、それをまるで神から与えられた血液のようにこくんと飲み込む。偶然だろうか、紅茶はローズヒップのもので薄く赤い。
「さ、何をしてもらおう。」
「難しいのはやめてね。」
牧はゲームをやっていた十分どころかその倍以上悩みに悩んだ。兎乃は今3杯目のコーヒーを啜るところである。
先程から特にこれといった変化のない部屋の中の景色を眺めながら飲み込むコーヒーは、元が美味であっても味が落ちる気さえした。
他にすることもなく、牧の返答を微笑を浮かべながら待った。一色の頬は桜色に色づいていた。
牧は一向に答えを出さないのでそっとその場を離れ、一色と曜の座る席の方に近づく。
「曜さん、大丈夫ですか?」
兎乃には彼女が館に来てから酒を飲むことだけに明け暮れているように見えていた。
曜はもぞもぞ言いながらうつ伏せてしまっている。
「すみません。先生も私もたくさん飲んでしまって、このザマです。」
赤くなっただけだと思っていたが、近くで見てみると何だか眠そうだった。
「先生とお呼びになっているんですね。」
片付けますよ、と兎乃は曜の出したもう空のワインボトルとグラスを持ち上げてキッチンに持っていってそのまま洗った。
ボトルは2本あったが、片方にはまだ3分の1ほど残っておりもう飲まないでほしかったのでコルクで蓋をして冷蔵庫に閉まった。
戻った時に佳芳か京司に伝えよう、そういえば2人が見当たらないなと考えながら部屋の扉を開ける。
曜は完全に眠っていた。その肩には綿のブランケットがかかっている。
兎乃は呆れたように目を逸らして牧の元へ戻って行った。