「ごめんなさい一色さん、あと曜さん。隠しておくべきだったかな?」
牧は両手を合わせて詫びるようにぺこぺこした。
鮮血も滴るほどの真っ赤な嘘だ。彼女は嘘を吐いている。青年と母親が子を作るわけがない。
「そう…なの?」
「うん、だから本当はお父さん好きじゃないのよお母さん。」
「え…まじで言ってる?やば。」
逢はテンションが上がって頬を染めて上体を前に乗り出した。
それは単純かつピュアな少年にも、厄介で不愉快な野次にも思えた。
「じゃあさ、父親は幼女のこと嫌いなんじゃね?死んじゃえって思うんじゃない!?」
「一理あるな…。」
「ちょっと待ってよ!知らないってそんなこと!」
曜が甲高く鳴く。
「えっと…お父さん用のシナリオに書いてないだけじゃないですか?ごめんなさい、読むのが早かったら一色さんとも3人で先に落ち合って内緒話できたかもしれないですね。」
何気なさそうな発言とその笑みに悪意と皮肉が透けて見えた。彼女は父親と青年を巻き添えにしようとしている。自身だけ助かるつもりだ。
「でも若くて賢くてかっこいい青年くんとの子だから私は幼女ちゃんを大切にしてたよ。探偵兎乃ちゃん、この話役に立つ?」
「う、うん。とても。ありがとう牧ちゃん。」
兎乃も若干動揺を隠せない素振りであった。
「そろそろ1ターンでの結論をまとめたいです。今の情報でがらっと変わりましたね。今のところ…父親のことをもっと掘り下げたい気持ちでいます。」
「はいはい。」
曜は不機嫌を隠さず不貞腐れていた。
「じゃあ、1ターンは以上で。2ターンもよろしくお願いします。」
一時解散となった。
「意味わかんない。」
「まあまあ…」
曜はキッチンで自分の使ったワイングラスを洗っていた。
一色はそれを拭き取るべく布巾に手を伸ばす。
「ねえ、ほんとにしちゃう?」
「…何をです。」
機嫌を伺うように上目遣いで彼女は一色を見つめる。
一瞬、その姿が青髪の少女と重なって見えたのですっと目を逸らした。
「言い合うのよ、隠してることあるでしょ?」
無反応で洗い終わったと思えるワイングラスを半ば奪うように受け取り、きゅっと磨いた音がするまで拭いた。
「え、何、嫌?釣れないな〜。」
「だめに決まってるでしょう。そもそもなんで私なんです。怪しいと言っていた長老…東堂さんや言いくるめば乗って来そうな逢くんとかではいけなかったんです?」
そう一色が問うと彼女はあからさまに嫌悪を示してあ〜〜とため息まじりに唸った。
長い爪を指先で大事そうになぞりながら、あれは無理だわと言った。
「何故。」
「疑われてるのは今あたしとあんたでしょ。」
「私は別に…」
「そんなことない。わかるでしょ。」
勿論重々承知している。だけれど一色は彼女に肩入れすることも、たとえ少しでも兎乃に見えたからと言って甘い態度を取るのは避けたかった。
しかしこの曜がもし兎乃だったとしても自分の身と、ルールを守るために口を割って話してしまうなんてことはないんだろうと思い至った。
「でも、だめです。」
湿った手をタオルで拭いて、キッチンから去ろうと足を踏み出す。
「じゃああたしも嘘吐いちゃおっかな。」
「ご自由に。」
一色の周りを子犬のようにくるくると駆けるその姿を捕らえるようににやりと笑ってみせた。
「意地が悪いわ。いいのね?」
「今どんな嘘を吐こうと、悪あがきしようと結局勘ぐられるのは貴女じゃあないですか?」
図星だったのか、むくれて答えもしなくなってしまった。
「人狼ゲームみたいで面白い!佳芳さん、妹さんが作ったシナリオまだないんですか?」
「私が読んだのはこれっぽっきりなの。他にもあるかもしれないけど、見せてこなかったわ。」
牧がへ〜残念、と相槌を打つ。
一色と曜がリビングに戻れば全員が各々先程使ったソファや、朝食を食べた椅子や、重厚な雰囲気を漂わせる揺り椅子に座っていた。
兎乃は逢の居なくなった2人掛けのソファで、テーブルに出された皿からナッツを無言で口に運んで咀嚼している。
「美味しいですか?」
「はい!」
惚けたように瞳をぱちくりさせて頷いた。
それを眺めるため、向かいのソファにゆっくり腰を下ろす。
「私が持ってきたんです。気に入ってもらえたみたいでよかった。」
一色の背後から声が飛んできた。東堂である。
「たくさん食べてしまってすみません!美味しいです!」
彼は同じコーヒーカップを2人分両手に持っていた。兎乃の分はもうすでに彼女の手元にあるので、東堂自身と誰かの分と見える。
「一色さん、コーヒーどうです?」
どうやら一色の分らしい、礼を言って受け取る。
ずずっと一口啜れば深い苦味が鼻を通り、暖かくとろみのある液体が喉を潤した。大変に美味い。
「美味しいです、東堂さんが淹れてくださったんですか?」
「はい、自分で。それは良かった…」
彼は眼鏡を掛け直しながら一色の隣に座った。嘘くさいほどににこやかな笑顔でこちらを見つめてくる様が、何かしらを企んでいるかのように見えて少々不気味であった。
しかし男2人で並んで座るというのも妙だなと思いながら、口を開く。
「ターン2回目はそろそろでしょうか。」
「ええ、先程とは違ってお菓子をつまみながら進みそうです。」
兎乃は白いカシューナッツを手に取り口に収めて答える。
「杜若さん、チーズもありますが切ってきましょうか?」
「え、いいんですか?ぜひいただきたいです!」
幼なげに食いつく姿はさながら活発な鼠である。
それから東堂がスモークチーズを等しくカットしたものを持ってきて、1ターンの時一色が座っていた1人掛けのソファに曜が座り、逢はまた兎乃の隣に寄り添いアイスを頬張り、牧はまた兎乃ちゃんの隣になれなかった…とべそをかきながら一色が土産として持ってきた羊羹を食べていた。
テーブルに様々な食べ物が広がり、アルコール、カフェイン、バニラ、ミルク、いくつもの香りや匂いが混じり合っていた。
京司と佳芳もそれぞれ前の席へ戻り、では2ターン目です、と言い渡した。
「では始めましょう、牧ちゃんが言ってくれた意見も踏まえて…」
兎乃が早速話を進めていく。
「と思いましたが、あれは嘘かもしれない。」
でかした!一色は心の中で彼女をこれでもかと言うほど喝采した。流石である。
「え…何言ってるの兎乃ちゃん。」
「ほら!やっぱり!そう思ってるなら早く言いなさいよ!」
「そう言えば虚偽の発言をしても良いんでしたね。」
「なぁんだ嘘か〜。」
一同が一斉に喋り出し、好き勝手なことを言い始めた。
一色は少し離れたところにいる國近夫妻を目で捉える。
京司は微笑みながらその様子を眺めており、そして佳芳は何やら頬杖をついて思い耽っているようだった。
「まだ嘘と決まったわけではないでしょう。」
一色の一声でそれぞれ散るように口を噤み、やがで黙った。
「ええ、一色さんの仰る通りです。嘘かもしれないし、本当かもしれない。曜さんは何か意見ありますか?」
彼女がそう問うと、曜は
「あたしが殺るわけないでしょ。青年じゃなくて、長老との子かもよ。」
と牧を挑発するようにふんぞり返った。
兎乃はこれに抗議しようとする牧を宥めて、次は東堂に話を振る。
「違いますよ。私は牧さんの意見が正しいと思います。」
「東堂さん…!」
2人の間に嘘で結ばれた結束が出来上がった。
「日浦さん、どうですか。」
「う〜ん。父親と母親の子ではあるけど、でもやっぱり青年が母親のことが好きで…殺っちゃえ!みたいな感じじゃなあい?」
かなりいい加減で大雑把である。
一色さんも、どう思われますと訊かれ
「犯人の猛獣は、何者かに薬を打たれて猛獣と化したんですよね。ならば犯人は複数人いる可能性もあるのでは?」
まともに考えもしてない、しかし不可能性ではない意見を述べた。
それからも無駄な罪の擦り付け合いは続いたが、少しずつ牧にも嫌疑がかかってきていた。結局容疑者が増えただけで確定はしなかった。
やがて2回目のターンも終了し、その頃には皆腹を鳴らしていた。
「そろそろご飯にしましょう!冷たい麺類とかいいですね!」
ソファから立ち、それぞれに散る。
外は日差しが一層強くなって、照らされた青葉が眩しかった。
それを見つめる兎乃の人形のように整った横顔を、一色は無意識のうちに網膜に焼き付けていた。
牧は両手を合わせて詫びるようにぺこぺこした。
鮮血も滴るほどの真っ赤な嘘だ。彼女は嘘を吐いている。青年と母親が子を作るわけがない。
「そう…なの?」
「うん、だから本当はお父さん好きじゃないのよお母さん。」
「え…まじで言ってる?やば。」
逢はテンションが上がって頬を染めて上体を前に乗り出した。
それは単純かつピュアな少年にも、厄介で不愉快な野次にも思えた。
「じゃあさ、父親は幼女のこと嫌いなんじゃね?死んじゃえって思うんじゃない!?」
「一理あるな…。」
「ちょっと待ってよ!知らないってそんなこと!」
曜が甲高く鳴く。
「えっと…お父さん用のシナリオに書いてないだけじゃないですか?ごめんなさい、読むのが早かったら一色さんとも3人で先に落ち合って内緒話できたかもしれないですね。」
何気なさそうな発言とその笑みに悪意と皮肉が透けて見えた。彼女は父親と青年を巻き添えにしようとしている。自身だけ助かるつもりだ。
「でも若くて賢くてかっこいい青年くんとの子だから私は幼女ちゃんを大切にしてたよ。探偵兎乃ちゃん、この話役に立つ?」
「う、うん。とても。ありがとう牧ちゃん。」
兎乃も若干動揺を隠せない素振りであった。
「そろそろ1ターンでの結論をまとめたいです。今の情報でがらっと変わりましたね。今のところ…父親のことをもっと掘り下げたい気持ちでいます。」
「はいはい。」
曜は不機嫌を隠さず不貞腐れていた。
「じゃあ、1ターンは以上で。2ターンもよろしくお願いします。」
一時解散となった。
「意味わかんない。」
「まあまあ…」
曜はキッチンで自分の使ったワイングラスを洗っていた。
一色はそれを拭き取るべく布巾に手を伸ばす。
「ねえ、ほんとにしちゃう?」
「…何をです。」
機嫌を伺うように上目遣いで彼女は一色を見つめる。
一瞬、その姿が青髪の少女と重なって見えたのですっと目を逸らした。
「言い合うのよ、隠してることあるでしょ?」
無反応で洗い終わったと思えるワイングラスを半ば奪うように受け取り、きゅっと磨いた音がするまで拭いた。
「え、何、嫌?釣れないな〜。」
「だめに決まってるでしょう。そもそもなんで私なんです。怪しいと言っていた長老…東堂さんや言いくるめば乗って来そうな逢くんとかではいけなかったんです?」
そう一色が問うと彼女はあからさまに嫌悪を示してあ〜〜とため息まじりに唸った。
長い爪を指先で大事そうになぞりながら、あれは無理だわと言った。
「何故。」
「疑われてるのは今あたしとあんたでしょ。」
「私は別に…」
「そんなことない。わかるでしょ。」
勿論重々承知している。だけれど一色は彼女に肩入れすることも、たとえ少しでも兎乃に見えたからと言って甘い態度を取るのは避けたかった。
しかしこの曜がもし兎乃だったとしても自分の身と、ルールを守るために口を割って話してしまうなんてことはないんだろうと思い至った。
「でも、だめです。」
湿った手をタオルで拭いて、キッチンから去ろうと足を踏み出す。
「じゃああたしも嘘吐いちゃおっかな。」
「ご自由に。」
一色の周りを子犬のようにくるくると駆けるその姿を捕らえるようににやりと笑ってみせた。
「意地が悪いわ。いいのね?」
「今どんな嘘を吐こうと、悪あがきしようと結局勘ぐられるのは貴女じゃあないですか?」
図星だったのか、むくれて答えもしなくなってしまった。
「人狼ゲームみたいで面白い!佳芳さん、妹さんが作ったシナリオまだないんですか?」
「私が読んだのはこれっぽっきりなの。他にもあるかもしれないけど、見せてこなかったわ。」
牧がへ〜残念、と相槌を打つ。
一色と曜がリビングに戻れば全員が各々先程使ったソファや、朝食を食べた椅子や、重厚な雰囲気を漂わせる揺り椅子に座っていた。
兎乃は逢の居なくなった2人掛けのソファで、テーブルに出された皿からナッツを無言で口に運んで咀嚼している。
「美味しいですか?」
「はい!」
惚けたように瞳をぱちくりさせて頷いた。
それを眺めるため、向かいのソファにゆっくり腰を下ろす。
「私が持ってきたんです。気に入ってもらえたみたいでよかった。」
一色の背後から声が飛んできた。東堂である。
「たくさん食べてしまってすみません!美味しいです!」
彼は同じコーヒーカップを2人分両手に持っていた。兎乃の分はもうすでに彼女の手元にあるので、東堂自身と誰かの分と見える。
「一色さん、コーヒーどうです?」
どうやら一色の分らしい、礼を言って受け取る。
ずずっと一口啜れば深い苦味が鼻を通り、暖かくとろみのある液体が喉を潤した。大変に美味い。
「美味しいです、東堂さんが淹れてくださったんですか?」
「はい、自分で。それは良かった…」
彼は眼鏡を掛け直しながら一色の隣に座った。嘘くさいほどににこやかな笑顔でこちらを見つめてくる様が、何かしらを企んでいるかのように見えて少々不気味であった。
しかし男2人で並んで座るというのも妙だなと思いながら、口を開く。
「ターン2回目はそろそろでしょうか。」
「ええ、先程とは違ってお菓子をつまみながら進みそうです。」
兎乃は白いカシューナッツを手に取り口に収めて答える。
「杜若さん、チーズもありますが切ってきましょうか?」
「え、いいんですか?ぜひいただきたいです!」
幼なげに食いつく姿はさながら活発な鼠である。
それから東堂がスモークチーズを等しくカットしたものを持ってきて、1ターンの時一色が座っていた1人掛けのソファに曜が座り、逢はまた兎乃の隣に寄り添いアイスを頬張り、牧はまた兎乃ちゃんの隣になれなかった…とべそをかきながら一色が土産として持ってきた羊羹を食べていた。
テーブルに様々な食べ物が広がり、アルコール、カフェイン、バニラ、ミルク、いくつもの香りや匂いが混じり合っていた。
京司と佳芳もそれぞれ前の席へ戻り、では2ターン目です、と言い渡した。
「では始めましょう、牧ちゃんが言ってくれた意見も踏まえて…」
兎乃が早速話を進めていく。
「と思いましたが、あれは嘘かもしれない。」
でかした!一色は心の中で彼女をこれでもかと言うほど喝采した。流石である。
「え…何言ってるの兎乃ちゃん。」
「ほら!やっぱり!そう思ってるなら早く言いなさいよ!」
「そう言えば虚偽の発言をしても良いんでしたね。」
「なぁんだ嘘か〜。」
一同が一斉に喋り出し、好き勝手なことを言い始めた。
一色は少し離れたところにいる國近夫妻を目で捉える。
京司は微笑みながらその様子を眺めており、そして佳芳は何やら頬杖をついて思い耽っているようだった。
「まだ嘘と決まったわけではないでしょう。」
一色の一声でそれぞれ散るように口を噤み、やがで黙った。
「ええ、一色さんの仰る通りです。嘘かもしれないし、本当かもしれない。曜さんは何か意見ありますか?」
彼女がそう問うと、曜は
「あたしが殺るわけないでしょ。青年じゃなくて、長老との子かもよ。」
と牧を挑発するようにふんぞり返った。
兎乃はこれに抗議しようとする牧を宥めて、次は東堂に話を振る。
「違いますよ。私は牧さんの意見が正しいと思います。」
「東堂さん…!」
2人の間に嘘で結ばれた結束が出来上がった。
「日浦さん、どうですか。」
「う〜ん。父親と母親の子ではあるけど、でもやっぱり青年が母親のことが好きで…殺っちゃえ!みたいな感じじゃなあい?」
かなりいい加減で大雑把である。
一色さんも、どう思われますと訊かれ
「犯人の猛獣は、何者かに薬を打たれて猛獣と化したんですよね。ならば犯人は複数人いる可能性もあるのでは?」
まともに考えもしてない、しかし不可能性ではない意見を述べた。
それからも無駄な罪の擦り付け合いは続いたが、少しずつ牧にも嫌疑がかかってきていた。結局容疑者が増えただけで確定はしなかった。
やがて2回目のターンも終了し、その頃には皆腹を鳴らしていた。
「そろそろご飯にしましょう!冷たい麺類とかいいですね!」
ソファから立ち、それぞれに散る。
外は日差しが一層強くなって、照らされた青葉が眩しかった。
それを見つめる兎乃の人形のように整った横顔を、一色は無意識のうちに網膜に焼き付けていた。