「ねぇねぇ。今日の放課後、学校近くにできた新しいカフェに皆で行かない?」

7月上旬の期末テスト最終日の休み時間。
教室で栗原春香が、グループの女子たちに話しているのが聞こえた。名前と同じ栗色の巻き髪で、派手な見た目の彼女の声はいつも甲高いため、嫌でも話が聞こえてしまう。

「いいね。テストも終わったし、いこいこ。そこのカフェ、わたしも気になってたんだ」

栗原さんと同じグループのひとりである川瀬雪葉も声を出す。長かった期末テストがようやく終わり、テンションが上がっているのだろうか。いつもは低い川瀬さんの声が、今日は少し高く聞こえる。

でも、いいなぁ。学校帰りに友達と一緒に、オシャレなカフェに行くって。そういうの密かに憧れているんだよね。まあ、現実に友達のいない私には縁のない話だが。


「あっ、待って」

SHRが始まる前にお手洗いに行こうと席を立った私に、誰かが声をかけてきた。振り返ると、そこに立っていたのは栗原さんの友達の川瀬さんだった。

「えっ、と?」

川瀬さんが私に声をかけてくるなんて、一体何なのだろうか。苦手な一軍女子に声をかけられた私は、途端にドキドキし始める。

「立ったとき落ちたよ。これ、あなたのでしょう?」
「あっ」

川瀬さんの手にあるのは、桃李くんのブロマイド。どうやら拾ってくれたらしい。

「はい、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」

相手は同級生なのに、私は緊張からかつい敬語になってしまう。

「えっと、あの……何ですか?」

なぜか私にブロマイドを渡したあとも、川瀬さんは私のことをじっと見てくる。

「それ、橋本さんの大事なものなんでしょう? 落ちないように、ちゃんとしまっておきなよね」
「は、はい」
「それじゃあ」

そう言うと、川瀬さんはスタスタと歩いて行ってしまった。

川瀬さんは栗原さんの友達だから、つい身構えてしまったけれど。彼女、優しいところもあるんだ。
ブロマイドを私に渡す前に、川瀬さんは手で軽くブロマイドの汚れを払ってから渡してくれて。そんな些細なことが、私には嬉しかった。
それに川瀬さんは私のことを『アニオタ』ではなく、『橋本さん』ってちゃんと名前で呼んでくれた。

思い返してみれば、栗原さんのグループの中で唯一彼女だけ、私の悪口を言っているところを見たことはなかった。
栗原さんと同じように、川瀬さんも明るい茶髪で派手な見た目だけれど。
見た目とは違って、もしかしたら川瀬さんは良い人なのかもしれない。
そんなことを思いながら私は、自分の席へと歩いていく川瀬さんの後ろ姿をしばらく見つめた。



夕方。冷房の効いた自室のベッドでゴロゴロしながらツイッターを見ていると、カフェの写真が流れてきた。

あれ、このカフェって……。投稿写真に写っているカフェの白を基調とした外観に、私は見覚えがあった。しかもカフェの名前は『White Cafe』となっている。

やっぱり。ここって、先日学校の近くにオープンした新しいカフェだ。
このWhite Cafeは、全国展開しているようなチェーン店ではなく、個人経営のお店みたいだから。多分間違いなく、うちの高校近くのカフェだ。


『今日でテスト終わり! 学校帰りに友達と寄ったカフェが良すぎた。』

その呟きとともに、生クリームたっぷりのパンケーキの写真が添付されている。

ちなみにこのツイートの投稿者は、まろんちゃんなのだが。
もしかしてまろんちゃんは、私と同じ高校の生徒だったりする?
そんなことがふと、頭の中を過ぎる。

同じ県内に住んでいる高校生とはいえ、今までまろんちゃんが誰かなんて考えたこともなかったけれど。
まろんちゃんはよくアニメ以外に日常のこともツイートしているので、気になった私は彼女の過去の投稿を遡ってみることにした。


『今日は体育祭。クラス優勝まであと一歩だった。だけど、クラス対抗リレーは一位だったから嬉しい!』


これは五月の体育祭のときのツイートのようだが、体育祭が行われた日にちは私の高校と同じ。
そして尚且つ、クラスが準優勝で体育祭のメインであるクラス対抗リレーでは一位だったというところが、私のクラスの体育祭の結果とぴったり当てはまった。

こんな偶然は、なかなかないだろう。

ぷるぷると、スマホを持つ手が震える。私は、ここで確信した。まろんちゃんは、私と同じクラスの誰かだということを。


そういえば……。
今日、栗原さんたちも学校近くのカフェに行くと言っていたことを思い出す。

まさかあの人たちの中に、まろんちゃんが?

私があれこれと考えているうちに、まろんちゃんの新しいツイートが流れてきた。


『カフェのあと買い物に行ったら、桃李くんカラーの可愛いシュシュを発見。明日、学校につけていこうかな』

このツイートとともに、桃李くんカラーであるピンクのシュシュの写真が載せられていた。

私はゴクリと唾を飲み込む。明日、学校にまろんちゃんがこの写真のシュシュを身につけてきたら……彼女の正体が分かるんだ。

そしてこの日の夜、私はほぼ一睡もできないまま次の朝を迎えた。