私には、三度の飯よりも好きなものがある。
それは、アニメだ。
数あるアニメの中でも『アイドル!!』という深夜アニメに、私は今ハマっている。
アニメは現在2クール目を放送中で、来年には劇場版も公開されることが決定している。

「やばい。桃李(とうり)くん、今日もかっこいい」

劇中に登場する五人組アイドルのメンバーの中でも、私はピンクの髪がトレードマークの桃李くんというキャラクターが大好きで、お小遣いのほとんどをつぎ込んでしまうほど、桃李くんグッズの収集にも力を入れている。

「やばい。今日も寝不足だ」

深夜の二時から始まるアニメをリアタイして、そこから更に録画していたものを何度か見返してから寝るというのが最近の私のお決まり。
だから、アニメの放送日の私の睡眠はいつも三時間ほどだ。


「ああ、学校行きたくないな」

翌朝。ベッドから起き上がった私の口から思わず本音が出たが、学校へ行かないわけにもいかない。
先日衣替えしたばかりの半袖のセーラー服に身を包み、朝食もそこそこに、重い足取りで私は家から徒歩20分かけて高校へと向かう。


ーーガラッ。

「あ、来たよ。アニオタ」
「うわ、目の下すっごいクマ。やば」

私が教室に入ると、栗原春香を中心とするクラスの派手な一軍女子がひそひそ話を始める。たいていは、私の悪口。

「ていうかアニオタ、今日も相変わらずダサい」

クラスメイトは私のことを、アニオタと勝手なあだ名で呼ぶけれど。私には、橋本千夏(ちなつ)というちゃんとした名前がある。


「はぁ……」

ただでさえ梅雨でジメジメして鬱陶しいというのに。登校して早々に悪口を言われると、余計に気分が沈む。


ーーそもそもどうしてこんなことになったのか。

あれは、高校に入学して一ヶ月が過ぎた頃。
好きなアニメのキャラクターがプリントされたクリアファイルを教室でうっかり落としてしまった私は、慌ててそれを拾った。

ところが、近くにいたクラスのリーダー的存在である栗原さんに見られてしまったらしい。

「え、橋本さんってもしかしてアニメオタク!? うわ、キモいんだけど」

栗原さんの口から発せられた一言がキッカケで、私はクラスで孤立するようになってしまった。

クラスの女子は黒髪おさげで地味な私とは正反対の、オシャレや流行に敏感なキラキラしたイマドキの子たちがほとんどで。

今までアニメ好きな子が周りにいなかった私は、高校に入ったら同じ趣味の友達ができるかな? と、ひそかに期待していたのに。

残念ながら、趣味の友達どころか普通に話せる子すら一人もいないのが現状だ。

これでも入学当初は、私なりに努力した。
近くの席の子に勇気を出して自ら声をかけたし、流行りのものを知ろうと色々と調べたりもした。
だが、人見知りで口下手な私は会話のキャッチボールが上手くいかず、失敗に終わってしまった。

そして入学して間もない頃はオタクであることも隠して、学校ではアニメグッズを身につけないようにしていた私だけれど。

皆にオタクであることを知られた今では、スクールバッグに桃李くんのぬいぐるみストラップをつけているし、シャーペンやハンカチといった小物も全てアニメ関連のものだ。
今では、オタクであることを全開にして生きている。
そうすることで、クラスメイトはますます私から離れていったけれど。今はもう平気。
だって私には、窮屈な学校以外に居場所があるから。



「ただいま」

放課後。学校から帰宅した私は、自室へ入ってすぐカバンからスマホを取り出しSNSを開く。

『昨夜のアイドル!!の桃李くん、最高すぎた。
彼は世界一かっこいい』

私はスマホに文字を打ち込むと、ツイッターの『ツイートする』ボタンを押す。
するとしばらくして、フォロワーさんからのいいね通知がスマホに続々と届く。更には、

『ちいちゃん! 最新話の桃李くん、やばかったね』

フォロワーさんからコメントまでもらえ、私は思わず頬が緩む。

私にコメントをくれたのは、『まろん』という名前の相互さん。

一ヶ月程前に『ちい』という名前でツイッターを始めた私が『♯アイドル!! ♯アニメ好きと繋がりたい』とツイートしたところ、最初に反応してくれたのがこの『まろん』ちゃんだった。

『わたしも、アイドル!!が大好きです。フォロー失礼しますね』

一体どんな人なのだろうと気になりプロフィールを見てみたところ、まろんちゃんは私と同じK県住みの高校一年生で更には桃李くん推しだという。やばい、共通点だらけだ。
そう思った瞬間、迷うことなく私はまろんちゃんをフォロバしたのだった。

まろんちゃんと繋がってからは、私がツイッターへ投稿するといつも決まって彼女がいいねやコメントをくれた。
アニメや桃李くんへの愛を叫ぶたびに何かしらの反応をもらえるのは純粋に嬉しかったし、誰かと繋がっていられるのだと思うことができた。

最初まろんちゃんとはコメントのみでやり取りをしていたけれど、仲が深まるにつれDMでも話すようになっていった。

ツイッターをきっかけに、私はまろんちゃん以外の『アイドル!!』ファンの人とも知り合うことができたけれど。その中でも、私が最も気が合ったのは同世代のまろんちゃんだった。

そう思うのは彼女も同じだったようで。

『わたし実は、学校ではオタクであることを隠してて。アニメの話できる人が周りにいないんだ。だから、ここでちいちゃんと話せて嬉しい。ちいちゃんとは気も合うし、友達になれて本当に良かった!』

ある日まろんちゃんがDMで私に言ってくれた。こんなことを言われたのは、生まれて初めてで。泣きそうなくらい、嬉しかった。

私たちは“ 友達 ” 。そう思って良いんだ。
顔の見えないまろんちゃんだけれど、クラスで孤立する私にとって、彼女は唯一の友達だった。