「私が目立つ立場になることで、鹿野さんに迷惑がかかるかもしれない」
その先の言葉を、聞きたくない。
その言葉は、七瀬ちゃんのものじゃない。
その言葉は、私が真っ先に七瀬ちゃんに伝えなければいけないから。
「ごめんなさ……」
「ダメっ!」
手を伸ばして、七瀬ちゃんの口を塞ぐ。
勢い余った自分の両手が七瀬ちゃんの唇に触れたことに気づいた私は、恥ずかしさのあまりに伸ばした手を引っ込めた。
(七瀬ちゃんの唇、熱くて、柔らかくて……)
1番に伝えなきゃいけない言葉を私は知っているのに、言葉が出てこない。
七瀬ちゃんの顔を見ることもできなくて、急に唇に触れてしまって、七瀬ちゃんは私に対して絶対に不快な気持ちを抱いている。
(私は、どうして今も昔も変わらないの……?)
今度、七瀬ちゃんに会うことができたら。
七瀬ちゃんと再会する日を夢見て、私は何度も何度もぬいぐるみ相手に謝る練習をしたはずなの……に……。
(夢、見て……?)
七瀬ちゃんから逃げ出したのは、他の誰でもなく自分。
小さい頃から、綺麗すぎる七瀬ちゃんが苦手だった。
それが、私の逃げる理由。
それが、七瀬ちゃんを避ける理由だった。
(でも、今の私は……)
出てこない言葉の行方に戸惑っていると、七瀬ちゃんの唇に触れた私の両手は温かな優しさに包まれる。
「鹿野さん」
「あ、上手くお話できなくて……ごめんなさ……」
「顔、真っ赤」
1つ目のごめんなさいを伝えることで、始まることができるような気がした。
でも、私のごめんなさいは七瀬ちゃんに届く前に散ってしまった。
それなのに七瀬ちゃんは私の頬を、子猫をあやすときのような優しさで撫でてくれる。
「くすぐった……」
「桜の木、好き?」
いつも、そう。
私は、七瀬ちゃんに謝ることがたくさんある。
「あの……綺麗だとは思います……」
私の隣にいてくれる七瀬ちゃんに甘えて、甘えて、甘えすぎて、こんな私は七瀬ちゃんに嫌われてしまうと怖かった。
「でも……綺麗すぎて、苦手……です……」
「同じだね」
気づかなかった。
「私もね、桜の木が苦手」
七瀬ちゃんは、怒った顔をしていない。
「でも、相咲高校の中庭にある桜の木」
七瀬ちゃんは、凄く綺麗な笑顔で私を見守ってくれていた。
「新しく入学してくる鹿野さんと、一緒に見られたらいいなって思っていたの」
「私……と……?」
「うん」
いつも、いつも、私は七瀬ちゃんの瞳を見ることができなかった。
けど、柔らかくて温かな七瀬ちゃんの声は、私の視界を広げてくれた。
下を見ることしかできなかった私の視界に、ようやく太陽の光が差し込んできてくれた。