「……あの!」


 思考を切り替えて、今は私に優しくしてくれた人たちにお礼を言いたい。

 そう思って、新鮮な空気を体に取り入れて、なるべく大きな声を出そうと準備を整える。


「鞄、ありがとうございまし……」


 新鮮な空気を取り込んだせいか、頭が冷静な思考に切り替わっていく。


「遅くなって、ごめんなさい」


 綺麗な女の人が、私に向かって謝罪の言葉を述べる。

 クラスメイト? 先輩?

 それすらも分からないはずなのに、彼女が何者なのかを私の記憶は知っている。


「久しぶり、鹿野さん」


 今朝、校門の付近で多くの歓声を浴びていた女性が、この人だって分かった。

 そして、その女性が誰なのか。

 記憶が、私に訴えてくる。


「七瀬、ちゃん……」


 記憶の中の、その人は私のことを苗字で呼んだ。

 昔は私のことを真白ちゃんと呼んでくれていたはずなのに、七瀬ちゃんは私のことを名前で呼んでくれなかった。


「2人は知り合いだったのね、ふふっ、運命の2人って言うのかしら」


 保健室の先生は楽しそうな笑みを浮かべながら、私の担任の先生に話をしてくると言って保健室から出て行ってしまった。


「改めて、自己紹介をしてもいいかな?」


 遠慮がちに尋ねてくる七瀬ちゃんだけど、私に対して遠慮することなんて何もない。

 私たちは初対面ではなく、幼い頃に会っている仲。

 それは互いに気づいているはずなのに、過去の記憶が足を引っ張る。

 私と七瀬ちゃんと距離を遠ざけていく。


「鹿野真白さんのおもてなしを担当する、八七橋七瀬(やなはしななせ)です」


 純粋無垢。

 そんな言葉が似合いそうなほど真っすぐで優しい声をしている七瀬ちゃんは、ベッドから体を起こした私と目線を合わせるために屈んでくれた。


「生徒たちのお手本……プリマローゼって呼ばれる役職に選出されました」


 私が顔を上げたら、七瀬ちゃんと視線を交えることができる。

 私が七瀬ちゃんの瞳を見ることができたら、七瀬ちゃんは他人行儀な喋り方をやめてくれるかもしれない。