「ん……」


 人間意識を失うと、どれだけ眠りに就いたのかまったく分からなくなるというのは本当だった。


「鹿野さん、もう大丈夫?」

「保健室の……先生?」

「大正解。もう大丈夫そうね」


 どれくらいの時間、私は眠っていたんだろう。

 
「すみません……ご迷惑をおかけしました……」


 ここは女子高。

 生徒1人を保健室に運ぶまで、どれだけ多くの人たちの力を借りてしまったのか。

 実際に協力してくれた人数は分からなくても、とんでもなく大変な出来事を引き起こしたことだけは想像できる。


「そうだ! オリエンテーション!」

「そんなに焦らなくても大丈夫。今日は、生徒会主催の新入生歓迎会みたいなものだから」


 入学して早々、こんなことがあっていいわけがない。

 これからクラスメイトと仲良くして、私は友達を作りたいと思っていた。

 いきなり保健室に運ばれてクラスを離れてしまったら、私はクラスメイトと仲良くなる機会を失ってしまう。


「鹿野さんは、体調を崩しやすいの?」


 私の立ち眩みの原因は、私が今も過去を引きずっているせいなのか。

 それとも昨日、緊張であまり眠ることができなかったことが原因なのか。

 何が確かな原因かは分からないけど、今日はたまたま体調を崩してしまったことを保健室の先生に伝える。


「緊張しすぎて、疲れが出ちゃったかな」

「多分、そうです……」

「でも、何かあったら遠慮なく保健室を利用してね」

「ありがとうございます」


 何か深い事情があって立ち眩みを引き起こしたのなら、先生も理解してくださるかもしれない。

 でも、私の場合はそんな深い事情がない。

 それは健康の証でもあるけど、大勢の人に迷惑をかけた結果の保健室。

 都合のいい言い訳があったらいいなと悪い子の発想が働く。


「それにしても、鹿野さんは凄いのね」

「……凄い?」

「プリマローゼのこと!」

「…………え?」

「まさかプリマローゼに選考された生徒と知り合えるなんて、先生もラッキーね」


 先生?

 先生は、何を仰っているの?


「そろそろ、迎えに来てもらわないとね」


 先生が発した単語を聞き取ることはできなくて、先生が何を言葉にしたのか理解できないまま、先生は保健室に常備されている電話機に手をかけた。

 もちろん誰かに電話をするためだろうけど、一体誰に……?


「失礼します」

「あら、八七橋(やなはし)さん。今、おもてなし制度の担当の先生に連絡しようと思っていたところなの」


 先生がどこかの誰かに電話をかけようとしたときに、全開になっていた保健室の扉から保健室の中を覗く女性がいた。


「鹿野さんの鞄、お持ちしました」


 女性が私の鞄を持参してきてくれたことを考えると、今はもう放課後の時刻ということ。

 このまま帰宅してもいいのはありがたいけれど、クラスメイトと言葉を交わすことすらできなかったのは寂しい。