「桜、綺麗だね」


 すれ違う人たちが、相咲高校まで続く桜の並木道を称賛する。

 私が住んでいる地域では、入学シーズンの頃には桜が枯れてしまうのが普通。

 今年は、ほんの少し開花が遅れ、春に始まりを迎える人たちは美しい花びらの祝福を受けることができた。


「写真、撮ろう……って、すみません!」

「あ、私こそ、迷惑をかけてごめんなさい!」


 桜の木に夢中になっている女の子たちと、高校に向かう私の肩が触れた。

 別に大きな事故が起きたわけでもないのに、大袈裟なくらい謝って私はその場から逃げ出す。


「はぁ」


 しっかりしろ、私の体。

 しっかりしろ、私の足。

 ちゃんと、自分の力で動きたい。


「お友達が欲しいのに、また逃げちゃった……」


 しっかりできないのは、私の心が弱いから。

 私の心が強ければ、きっと大丈夫のはずなのに。


(早く高校生活に慣れたいな……)

 人は私のことを、こう呼びます。

 恥ずかしがり屋の、鹿野真白(かのましろ)と。

 そんな呼び方からは卒業してみせると意気込んでみたものの、私はまだ変わることができていない。

 意気地なしの鹿野真白という新しい呼び方すら得てしまいそうな自分に、再び溜め息を零す。


(教室に着けば、きっと……)


 まだ入学してから数えられるほどしか経過していない。

 まだ自分を諦めてしまうのは早いと気づいた私は、ほんの少しだけ自分の足を速めて相咲高校の敷地へと足を踏み入れた。


「今年度で『おもてなし制度』も終わりかー」


 真新しい制服を着ている恐らく同級生の女の子の声を遮るかのように、近くで女子生徒の歓声が沸き上がった。


(まるで、マンガの世界みたい……)


 こんな少女マンガみたいな光景が現実で見られるなんて、よっぽど人気な女生徒が自分の通う高校に存在しているということらしい。


(……綺麗)


 誰に向けられた歓声なのか。

 正体は分からなくても、盛り上がりを見せている方向をボーっと眺めてみる。


(遠くからでも、美人さんなのが分かる……)


 自分はまだ高校に入学したばかりで、これから成長が期待できる箇所もあるはず。

 そんな風に珍しく前向きな発想に至っても、多くの生徒から歓声を浴びている彼女は格が違う気がする。

 どんなに私が成長したところで、私は美人とはほど遠い位置で生きていくんだろうなと伸びない自分の身長を振り返る。


(綺麗なものは、苦手……)


 また、綺麗なものから逃げようとした。

 そんな私の態度がいけなかったのか、過去から逃げようとした私がいけなかったのか。

 私は立ち眩みに襲われてしまって、入学して早々に保健室に運ばれてしまった。