「真白ちゃん! 待って!」
幼い頃、同じ保育園に通っていた女の子に追いかけられたことがある。
子どもだからこそ許された行為かもしれないけれど、事あるごとに名前を呼ばれ、事あるごとに彼女は私に声をかけてきた。
「真白ちゃん! 真白ちゃんっ!」
一緒に、同じ時を過ごしたい。
子どもが抱くそんな可愛らしい感情も、私にとっては恐怖の対象でしかなかった。
(どうして、私の名前を呼ぶの?)
「七瀬ちゃんには、いっぱいのお友達がいる。
(どうして、私と一緒にいたがるの?)
恥ずかしがり屋で、いつまで経っても友達を作ることができない私。
私なんかよりも、多くの友達に七瀬ちゃんは囲まれていた。
「真白ちゃん! あのね!」
「……っ」
走った。
私は、彼女から逃げた。
だって、早く逃げないと、彼女は私を追いかけてくるから。
捕まっちゃう。
彼女に捕まったら、私は、私は、私は……!
「こ、こっちに来ないで!」
「真白ちゃん?」
逃げ込んだ先は、ジャングルジムの頂上。
今振り返ってみたら、どうしてそんな逃げ場のない場所に逃げ込んでしまったのだろうと思ってしまう。
でも、きっと彼女がジャングルジムの頂上に私を追い詰めた。
きっと、そうに決まっている。
逃げ場所をなくした私を捕まえるつもりだったんだと思う。
「来ないで! 来ないで! 来ないでっ!」
「真白ちゃん? 大丈夫……」
私に向かって、彼女の右手が伸ばされる。
来ないで。
来ないで。
来ないで。
私に、触らないで。
「真白ちゃ……」
「来ないで! 七瀬ちゃん!」
私は、彼女を拒絶した。
怖かった、から……。
そんなの言い訳でしかないのは分かっているけど、怖かった。
あなたに触れられるのが、私は怖かった。
「……真、白、ち……」
ジャングルジムから真っ逆さまに落ちていく彼女。
彼女がバランスを崩して、登りかけのジャングルジムから転落していく。
その理由は単純明快で、手を差し伸べてきた彼女を私が突き放してしまったせいだった。
「……あ、あ、あ……」
目の前で、女の子が砂場に向かって落ちていく。
自分が伸ばされた彼女の右手を拒まなければ、こんなことにはならなかった。
そんな罪悪感も合わさってしまって、私は余計にこの光景を残酷なものに思えてしまった。
人が落下していくのに、私には何もできない。
自分は自分が思っていたよりも残忍だったんだなっていう愕然とした想いと、彼女がこの世からいなくなってしまうんじゃないかっていう恐ろしさは、今も頭に深く刻まれたままで離れてくれない。
「本当に申し訳ございませんでした!」
「気になさらないでください。どちらも怪我がなくて良かったですよ」
七瀬ちゃんが落下した先は砂場だったおかげで、彼女の人生は救われた。
彼女の両親はとても良い人すぎる人たちで、私のことを咎めることもなく、大丈夫だったか。
怖い思いをしなかったか。私の精神的な面をとても気遣ってくれた。
「これに懲りずに、これからも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
何事もなかったかのように明けていく元通りの日々。
彼女は相変わらず私の名前を呼んでくれたけど、私は彼女のことを無視するようになった。
私は、彼女に対して謝罪の言葉を述べることなく、この件は終わりを迎えてしまった。
「七瀬ちゃん……小学校、違うの?」
「そうよー。寂しくなっちゃうわね」
「…………」
保育園を卒業すると同時に、彼女は私の前からいなくなってしまった。
私の名前を呼んでくれた彼女は、もういない。
あのとき手を放してしまって、ごめんなさい。
そう伝えたかったはずなのに、向こうが私にしつこく迫ってきたのがいけない。
そんな風に問題をすり替えて、私は再び彼女からの逃避行を始めた。
幼い頃、同じ保育園に通っていた女の子に追いかけられたことがある。
子どもだからこそ許された行為かもしれないけれど、事あるごとに名前を呼ばれ、事あるごとに彼女は私に声をかけてきた。
「真白ちゃん! 真白ちゃんっ!」
一緒に、同じ時を過ごしたい。
子どもが抱くそんな可愛らしい感情も、私にとっては恐怖の対象でしかなかった。
(どうして、私の名前を呼ぶの?)
「七瀬ちゃんには、いっぱいのお友達がいる。
(どうして、私と一緒にいたがるの?)
恥ずかしがり屋で、いつまで経っても友達を作ることができない私。
私なんかよりも、多くの友達に七瀬ちゃんは囲まれていた。
「真白ちゃん! あのね!」
「……っ」
走った。
私は、彼女から逃げた。
だって、早く逃げないと、彼女は私を追いかけてくるから。
捕まっちゃう。
彼女に捕まったら、私は、私は、私は……!
「こ、こっちに来ないで!」
「真白ちゃん?」
逃げ込んだ先は、ジャングルジムの頂上。
今振り返ってみたら、どうしてそんな逃げ場のない場所に逃げ込んでしまったのだろうと思ってしまう。
でも、きっと彼女がジャングルジムの頂上に私を追い詰めた。
きっと、そうに決まっている。
逃げ場所をなくした私を捕まえるつもりだったんだと思う。
「来ないで! 来ないで! 来ないでっ!」
「真白ちゃん? 大丈夫……」
私に向かって、彼女の右手が伸ばされる。
来ないで。
来ないで。
来ないで。
私に、触らないで。
「真白ちゃ……」
「来ないで! 七瀬ちゃん!」
私は、彼女を拒絶した。
怖かった、から……。
そんなの言い訳でしかないのは分かっているけど、怖かった。
あなたに触れられるのが、私は怖かった。
「……真、白、ち……」
ジャングルジムから真っ逆さまに落ちていく彼女。
彼女がバランスを崩して、登りかけのジャングルジムから転落していく。
その理由は単純明快で、手を差し伸べてきた彼女を私が突き放してしまったせいだった。
「……あ、あ、あ……」
目の前で、女の子が砂場に向かって落ちていく。
自分が伸ばされた彼女の右手を拒まなければ、こんなことにはならなかった。
そんな罪悪感も合わさってしまって、私は余計にこの光景を残酷なものに思えてしまった。
人が落下していくのに、私には何もできない。
自分は自分が思っていたよりも残忍だったんだなっていう愕然とした想いと、彼女がこの世からいなくなってしまうんじゃないかっていう恐ろしさは、今も頭に深く刻まれたままで離れてくれない。
「本当に申し訳ございませんでした!」
「気になさらないでください。どちらも怪我がなくて良かったですよ」
七瀬ちゃんが落下した先は砂場だったおかげで、彼女の人生は救われた。
彼女の両親はとても良い人すぎる人たちで、私のことを咎めることもなく、大丈夫だったか。
怖い思いをしなかったか。私の精神的な面をとても気遣ってくれた。
「これに懲りずに、これからも宜しくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願いします!」
何事もなかったかのように明けていく元通りの日々。
彼女は相変わらず私の名前を呼んでくれたけど、私は彼女のことを無視するようになった。
私は、彼女に対して謝罪の言葉を述べることなく、この件は終わりを迎えてしまった。
「七瀬ちゃん……小学校、違うの?」
「そうよー。寂しくなっちゃうわね」
「…………」
保育園を卒業すると同時に、彼女は私の前からいなくなってしまった。
私の名前を呼んでくれた彼女は、もういない。
あのとき手を放してしまって、ごめんなさい。
そう伝えたかったはずなのに、向こうが私にしつこく迫ってきたのがいけない。
そんな風に問題をすり替えて、私は再び彼女からの逃避行を始めた。