「元気が出るような花をください。お見舞いで持っていきたいんです」

 近所の花屋さんで紫陽花が店員にそう告げると、店員は「お見舞いですね」といくつかの花を見繕い始めた。花屋に来るのは初めてだった。興味がないわけではないが、わざわざ自分で買うことがなかったのだ。

「こちらでよろしいでしょうか? 明るい黄色い花を中心にまとめてみました」

 店員が差し出してきた花束は、黄色やオレンジ色の名前の知らない花たちが笑顔を咲かせているような可愛らしい組み合わせだった。

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 会計を済ませ、花束を抱えた紫陽花は病院までの道すがら、3日前の出来事を頭の中で反芻していた。
 SNSでSHIOのアカウントを爆破するがごとく問題の動画をアップロードした翌日、朝起きるとネットのニュースで自分の投稿が大炎上していることを知った。投稿する前は炎上なんて自意識過剰だと半分思っていたのだが、実際は違ったのだ。自分の投稿がこんなにも世間に影響を及ぼすとは思ってもみなかった。

 コメント欄は荒れに荒れ、何度も鳴る通知音から目を背けたくなった。コメントでは一部紫陽花を心配する声が上がっていたが、大半は突然の投稿に困惑したり、紫陽花の頭が狂っているのではないかと揶揄したりするものばかりだった。

 紫陽花はそのすべての言葉に蓋をし、弁解もせずコメント欄を封鎖した。現在はアカウントもログアウトしている。おかげで通知音は鳴り止んだが、今度は別のSNSでネットニュースが投下されていて、紫陽花の逃げ場はなくなっていた。

 身も凍るような気持ちで学校へ行き、自分を腫れ物みたいに扱うクラスメイトの視線から顔を背け、静かに授業を受けた帰り道。紫陽花は自分のファンである男に襲われたのだ。

 命の危機から救ってくれたのは、一つ下の学校の後輩である田辺璃仁だった。
 決死の覚悟で紫陽花を庇った璃仁は、脇腹を包丁で刺され、よろめいた拍子に道路へと身を傾けた。その時ちょうどやってきた車にはねられてしまったのだ。

 今でもその時の光景を思い出すと頭が痛くなる。心臓の鼓動がバクバクと激しく鳴り、呼吸は苦しかった。自分のせいで璃仁に大怪我をさせてしまったことが悔やまれてならないのだ。

 命からがら病院に運ばれた璃仁は集中治療室に運ばれたが、無事に命は助かった。
 だが、今でも璃仁は目を覚ましていない。精神的に追い込まれていた紫陽花はなんとか心を落ち着けた3日後の今日、初めて璃仁の病室を訪ねるところだった。