「勝手なこと書いてやがる」
人気インフルエンサーの炎上騒動に任せてデタラメに書かれた記事かと思ったが、確かにSHIOの昨日の投稿が炎上したのは事実だ。コメントも紫陽花が投稿したものそのものだった。決して嘘ではない。それなのに、紫陽花の現実を何も知らない奴が、閲覧数を上げるためだけにこんな記事を書いたのだとしたら、とても腹立たしかった。
「紫陽花先輩」
璃仁は学校に行く支度をするのもそっちのけで紫陽花に連絡を入れた。だがなかなか「既読」にはならない。ずっとスマホの画面を眺めていたが、これでは埒が開かない。学校に行って直接話した方が早いと考えた璃仁はさっと準備をして家を飛び出したのだった。
学校に着くと、思った通り廊下や教室の至る所で紫陽花の噂をする者が現れた。パパ活騒動の時もそうだったが、紫陽花のSNSが炎上したいま、紫陽花のことを誰も話題にしない方が不自然だ。璃仁は軽くめまいを覚えながらも、手元のスマホにメッセージが入らないかずっと気にしていた。
1時間目が終わり、2時間目が終わり、もう3時間目に突入した。それなのに紫陽花から返信は来ない。先ほどから黒板と教室の時計に視線を行ったり来たりさせている。おかげで数学の授業中に先生に当てられて、みんなの前で問題を解かされた。しかも先生の話を聞いていなかった璃仁は案の定問題が解けず、大恥をかいたところだった。
クラス中の視線が気になる中、自分の席に戻る際にふと海藤の姿が目に入った。その瞬間、海藤の表情がいつもと違うことに気づく。顔面の至るところに絆創膏やガーゼを貼りつけた海藤は能面のようにぼんやりと窓の外を眺めていた。外から吹き荒ぶ風が、海藤の顔にあたり、傷が痛いのか一瞬眉を潜める。そういえば今日は午後から雨が降るとニュースで言っていた。窓の外で不穏な色をした暗い雲が流れていく。
璃仁は鉛色の重しを抱えたまま、自分の席についた。みんなの視線は、もう璃仁の方を向いてはいない。なんだろう。これまではクラス全体で自分の失態を嘲笑うような空気が流れていたのに、それがなくなっている。ぷつりと、張り詰めていた糸が突然切れて、嫌がらせの終わりを告げられたみたいだった。海藤か。昨日璃仁とやりあった海藤が、もう璃仁のことを気にしていない。紫陽花への執着を無理やり封じ込められ、空っぽになっている。璃仁に構っている余裕がなくなったんだろう。それならそれでいい。ようやく海藤の嫌がらせから逃れられるのだ。そう思うと、いくらか気分が和らいだ。
しかし、待ちわびていた紫陽花からの返信は放課後になっても来なかった。璃仁は嫌な予感がして、素早く鞄を持つと教室から出ようとした。
「田辺」
後ろから聴き慣れた嫌な声がして、璃仁の足が反射的に止まる。ゆっくりと振り返った先にいた海藤は、やっぱり空っぽの瞳を璃仁に向けていた。