「紫陽花先輩……!」

 見るに耐えないコメントが次々と生まれていくなか、璃仁はついにスマホを放り出して遠く佇む紫陽花に向かって叫んだ。
 紫陽花は璃仁の方には目もくれず、自分のスマホを夢中で眺めていた。コメント欄に溢れていく批判や心配の言葉たちを、紫陽花はどんな気持ちで受け止めているのだろうか。璃仁と紫陽花以外、誰もいない公園には相変わらず静けさが漂う。二人でいるはずなのに、圧倒的に璃仁は孤独だった。紫陽花は静寂に包まれた現実ではなく、画面の中で火花を散らす人々の醜い言葉に目を奪われている。

「紫陽花先輩、消しましょう」

 堪えきれなくなった璃仁はついに自ら動き、ブランコの向こう側へと歩いた。紫陽花がいる場所だ。今ここにいない紫陽花を、今すぐこの場に連れ戻したかった。

「消さないよ」

「どうしてっ」

「だってこれが、私の現実だもの。私の現実を、みんなに知ってほしい。その上で私を愛してほしい。現実の私が嫌いなら、去ってもらっても構わない。さっきも言った通り、私にはあなたがいるから。それだけでいいの」

 紫陽花の胸の中で固い結晶となっている決意に、璃仁は打ちのめされた。衝動ではなく、確固たる気持ちであんな投稿をしたのだ。璃仁には紫陽花の気持ちを全て理解することはできない。でも、心から幸せになりたいと願う彼女の想いは伝わった。

「……分かりました。このまま待ちましょう。どうなるか分かりませんけど、俺は、俺だけは先輩の味方ですから」

「ありがとう。そう言ってくれると思ってたよ」

 恋する乙女みたいな甘い笑みを浮かべる紫陽花に、璃仁はもう何が起こっても構わないと思った。恋をしていた。出会った時から今まで、紫陽花のことが好きだった。紫陽花は自分のことをどう思っているのだろうか。はっきりと聞いたことはない。でも、同じ気持ちだったら嬉しいと思う。安っぽくてありふれた言葉だけど、紫陽花と二人なら、どんな困難も乗り越えられる気がした。