「爆破まで、あと10秒。9、8、7……」

 紫陽花が隣でスマホを操作し始めた。何を投稿するんだろう。何を投稿したとしても、数分後、世界が変わる。そんな予感がした。紫陽花が椅子から立ち上がる。誰もいない空洞を抱えたブランコを跨ぐ。あのブランコの向こう側の世界に、彼女は足を一歩踏み入れた。

「いち、ぜろ」

 璃仁のスマホからピコンと通知音が鳴った。恐る恐る視線を画面に向ける。真っ暗だった画面に浮かび上がる、SNSの通知の表示。いつもと変わらない、誰かの投稿を知らせるだけの。それなのに、心臓の鼓動がひどく速まっていく。


【@kao_kisaさんが新しい投稿をアップしました! お気に入りの投稿を見つけてみましょう】


 楽天的とも思われる通知文をタップして、SNSのアプリへと飛んだ。
 次の瞬間、目に飛び込んできたのは紫陽花の母親が荒れ狂う姿を映した動画だった。

 鎮まり返った公園で、璃仁の時間だけが静止したようだった。璃仁に背を向けてブランコの向こうに立っている紫陽花は、一人冷静にスマホを眺めている。


『これが私の母親。私の現実。私は、幸せになることが怖い人間です。私が幸せになれば、お母さんが不幸になるから。でもお母さんのこと、大好き』


 キャプションにはそう書かれていた。もし紫陽花と出会う前の璃仁が、彼女のこんな投稿を目の当たりにしたら、身も凍りつくような思いがするだろう。

 SNSでの「SHIO」の美しい姿しか知らないフォロワーから、大量の「いいね」が押されていく。果たして本当に「いい」と思っているのかは分からない。ただ押せるボタンが「いいね」しかないからそうしているだけだろう。本当は「なぜ?」「どういうこと?」という疑問で頭がいっぱいになっているはずだ。その証拠に、コメント欄も膨らみ続けていた。コメントを書かれる速さが、いつもとは格段に違っていた。

『なにこれ、どういう意味?』

『SHIOのお母さん?』

『やばすぎでしょ。虐待じゃん』

『え、え、てかこれ、なんで投稿したの?』

『こんな家庭なのに今まで上辺だけの投稿ばっかしてたってこと?』

『ファン乙』