目を閉じて辛そうに紫陽花が告白した言葉に、海藤が眉を顰めるのが分かった。
「なんだって? じゃあなんで付き合ったんだよ! ありえねえだろうが! 俺のことずっと笑ってたのか? 一人で舞い上がって愛してるって何度も言って馬鹿なやつだって。友達と俺を嘲笑ってたのかよ!」
海藤が拳を電柱に打ち付けた。とても痛そうに見えるが、彼はものともしない。それよりも、紫陽花の心をこじ開けようと必死な様子だった。
「なんでって、あなたのせいよ……。初対面でいきなり告白してきて、断ってもまとわりついてきて。最後には『OKしてくれないと学校中に性格悪いやつだってばらす』って言って……。そんなことされて、断れるわけないじゃない!」
なんということだ。海藤は紫陽花の心が自分に向いていないと分かると、強引な手段で紫陽花を自分のものにしようとした。昔のことを思い出し、頭を抑え呻くように訴える紫陽花。紫陽花が璃仁と出会った日に聞いた「告白しようとしているわけではないよね」という言葉の裏に、こんなショッキングな出来事があったなんて。単に初対面の男に告白されただけでなく、脅迫めいたことを言われた過去があれば、そりゃ璃仁のことを警戒してもおかしくない。
「ああ、そう。でもさ、付き合ってから好きとか言ってたじゃん。あれ、嘘だったんだ?」
「それは……」
「嘘ついて俺を幸せな気分に浸らせて、最後は『幸せになるのが怖い』って意味不明な理由で俺から離れて。……あの後俺がどんな気持ちだったのかも知らなくせに!」
羽をもぎ取られ、傷ついた鳥が体を動かして無謀な抵抗をしているかのように、海藤は抑えられない憎しみの衝動に駆られていた。紫陽花が小さく悲鳴を上げる。こいつは知らないのだ。紫陽花がなぜ幸福恐怖症になったのかを。自分が幸せになることで、母親が傷ついていく。母親の叫びに耐えられなくなった紫陽花が、防衛本能で幸せになることを拒んだ。そんな彼女の苦悩や痛みを知らず、自分の欲求だけを満たそうとする海藤に、璃仁は初めて腹の底が燃えたぎるような怒りを覚えた。
そうだ。これまで海藤にはやられっぱなしだった。小学校の頃から同級生に嫌味を言われるのに慣れていて、海藤かの嫌がらせも卒業までの我慢だと自分に言い聞かせてきた。
でも、紫陽花を苦しめ、今も追い詰めようとする海藤のことは許せない。自分のことならばなんとか抑え込むことができていた感情も、紫陽花の悲痛な表情を目にした今、爆発しようとしていた。