「よう。夏休みぶりだなあ、しお」
海藤が腕を組んで電柱に寄りかかっていた。人通りの多い信号の前だ。取り巻きたちはいない。海藤が、二人並んで歩く璃仁と紫陽花を一瞥し、「ふーん」と何かを悟ったように頷いた。
「なにか、用?」
璃仁は声が震えないように慎重に声を出したのだが、やっぱり不自然に声が揺れていた。「用? いや、お前に用はねえけどさ。しお、なんでそんなやつと一緒にいるんだ? もしかして付き合ってんの? お前、幸せになるのが怖いんじゃなかったの?」
矢継ぎ早に核心をつく海藤の言葉に、紫陽花が瞳を揺らした。璃仁も頭がぐらりと揺れる。なんだ。どういうことだ。どうして海藤が紫陽花の幸福恐怖症のことを知ってるんだ。
「あーもしかして知らなかった? 俺としおは同中で、付き合ってたんだよな。学校一有名なカップルだった。みんなに羨ましがられてめちゃくちゃ仲良しで。先生にだって知られてたけど気にならないぐらい、俺たちは愛し合っていた」
愛し合っていた、というところで一際熱をこめて紫陽花のことを見つめる海藤は、璃仁が今まで見たことのない彼の一面だった。紫陽花は動揺している様子で目を逸らす。額から汗が滴っている。
海藤が紫陽花と同じ中学校に通っていて、交際していただなんて。想像もしていなかった。駅前で紫陽花に言い寄っていた海藤を思い出す。確かにあれは、ただの先輩後輩の関係ではないような気がしていた。でも、まさか二人が付き合っていたなんて、紫陽花の性格を考えても納得がいかなかった。
「違う……愛し合ってなんかいなかった」
違う、と何度も首を横に振る紫陽花。小さな子供がいやいやと抵抗するようなか弱さで、身体を震わせていた。
「はあ? 一度別れたらそんなふうに言うんだな。最低。あの頃、確かに俺のこと好きだって言ったくせに。最後には『これ以上幸せになるのが怖い』って言って俺を捨てた。幸せだったんだろ。なあ、俺といて幸せすぎて、そんなふうに怯えてたんだろ。愛し合っていただろう? なんとか言えよ。俺は今でもしおのこと愛してるんだ」
愛してる、と海藤の口からこぼれる度に、璃仁は自分が場違いな場所にいるのではないかという錯覚に陥った。今ここは二人の結婚式で、愛を誓い合う二人に祝福を捧げるべきなのではないか。そんな意味不明な妄想が頭の中を駆け巡った。
「私は……私は、あなたのことを一度も好きだなんて思ったことない。愛してなんかなかったの」