上履きから外靴に履き替えた璃仁と紫陽花は二人で帰路についた。東雲駅までという短い距離だが、彼女と一緒に帰れる喜びはひとしおだった。
「昨日、お母さんとはどうでしたか?」
璃仁は今日一日中気になっていたことを聞いた。夏休み期間のほとんどを紫陽花と一緒に過ごしたことで、紫陽花の母親からすればその間紫陽花と離れ離れになっていたことになる。多少申し訳ないという気持ちはあった。
「めちゃくちゃ怒ってた。でも、前より怖くなかった。なんでだろうって考えたら、やっぱり璃仁くんがいるからだって思って。璃仁くんが、きっと私のこと守ってくれると思ったら、自然とお母さんの言うことにそこまで真剣にならずに済んだっていうか」
紫陽花の言葉に、璃仁は心底ほっとしていた。
心配だったのだ。昨日久しぶりに顔を出した娘に対し、母親が逆上する可能性だってあった。たぶん、暴力をふるうのには全然抵抗がない。もし最悪の事態になれば、璃仁は自分を責めずにはいられないだろう。
だが、現実はこうして紫陽花が無事に学校に来て隣で笑ってくれている。そう思うと身体中の力抜けていくのが分かった。
「どうしたの? 大丈夫?」
「はい。なんか、ほっとしてしまって」
「そっか〜。いろいろ心配かけちゃってごめんなさい。私は大丈夫だから」
「それなら良かったです」
学校から駅までの道を二人で歩いているだけなのに、普通に隣に紫陽花がいることに安堵を覚えた。このまま平穏な日々が続いてほしい。紫陽花の母親がいつか、紫陽花から自立してほしい。紫陽花に幸せになる喜びを知ってほしい。
紫陽花のことで頭がいっぱいになりながら、隣を歩く彼女の息遣いがふと止まるのを感じた。慌てて隣を見る。紫陽花は息をのんで前方を見つめていた。彼女の足も、同時に止まっていた。
「どうしたんです——」
棒立ちになる紫陽花の顔を覗き込もうとした璃仁は、ある人物の姿を目にし、彼女と同じように固まった。