「今日から2学期が始まる。来年はいよいよ受験生だ。2学期も3学期もあっという間だぞ。後悔のないように一日を大切に過ごしなさい」

 担任の岡田がいかにも教師らしいことを話し、その日は放課となった。
 2学期になっても、璃仁に向けられるクラスメイトの視線は変わらなかった。学期が変われば璃仁へのみんなの関心も薄れるだろうと踏んでいたが甘かった。夏祭りの日に顔を合わせた海藤がずっと璃仁の方を睨んでいるのが分かった。視線だけでもヒリヒリと皮膚が痛くなるような感覚に嫌気が差した。

 璃仁は海藤からの視線に気づかないフリをして教室を出た。真っ先に3年1組の教室へと向かう。3年1組ももう解散したようで、顔を覗かせると紫陽花がぱっと顔をこちらに向けて気づいてくれた。

「あらあの子、また来たんだ」

 隣にいたちぃ先輩が璃仁の方を見てにっこりと微笑む。1学期の終業式の日、璃仁の背中を押してくれたのが彼女だった。璃仁はちぃ先輩に軽くお辞儀をする。ちぃ先輩が紫陽花の背中をぽんと軽く叩いた。

「どうしたの璃仁くん」

 紫陽花が教室の入り口までやって来て、丸い瞳を璃仁に向けた。

「一緒に帰りましょう」

 璃仁がそう誘うと、紫陽花が後ろを振り向いた。ちぃ先輩と目が合う。彼女は紫陽花に「行っておいで」と口パクした。普段紫陽花はちぃ先輩と一緒に帰っているのだろう。先輩には申し訳ないが、もう紫陽花との時間を誰にも譲りたくなかった。

「すみません。なんか、友達との時間を奪ってしまって」

「だからなんでいつも謝るの? あんまり謝ってばかりだと女の子が逃げていくよ」

「逃げていくって、紫陽花先輩が、ですか?」

「うん。いや、逃げないけど。てか私が決めたんだからいいの!」

 照れ臭いのかずんずん廊下を進んでいく紫陽花がおかしかった。
 夏休みが終わっても、紫陽花とこうして同じ時間を過ごすのが夢だった。あっけなく理想が現実となり、璃仁の胸は高鳴っていた。

 紫陽花と並んで歩く璃仁を見た上級生たちがヒソヒソと噂話をしている。1学期の終わりに紫陽花がパパ活をしているという噂を立て、学校中に広めた人たちのほとんどはもう紫陽花の噂のことなど忘れていると思っていた。でも、意外とみんなの中にまだ紫陽花の非行の噂が残っている。それは紫陽花という完璧な人間に唯一押された不良の烙印だ。もしかしたらみんな、美しく人気者の紫陽花に嫉妬し、彼女に押された欠点の印を大切に守っているのかもしれない。おかしな話だが、嫉妬心があらぬ方向にねじ曲がり、道理に外れたことをするというのはよくあることだ。

 だが、誰がなんと噂しようと璃仁にはどうでもいいことだった。
 噂したければすればいい。笑いたければ笑えばいい。凸凹ペアだと思うならそう思っていればいい。周囲の目など気になるのなら、最初から彼女に話しかけたりしなかったのだから。