夏休みの間、璃仁は紫陽花とずっと一緒に過ごした。紫陽花は今年受験生なのだが受験などできないと言って、全然勉強しようとしなかった。璃仁が無理やり紫陽花を図書館に連れて行き、二人で勉強をしたのはいい思い出だ。紫陽花は納得いっていない様子だったけれど。

 図書館で勉強する以外にも、もちろん二人でたくさん出かけた。
 灼熱の日光が降り注ぐ一日にあえて海で水を掛け合ったり、最近新しくできた商業施設に行ったり。ろくな青春を送ってこなかった璃仁にとって、どの瞬間も新鮮で、輝いていた。きらきらと日の光が反射する波を眺めながら、商業施設の屋上で冷たいレモネードを飲みながら、青春って眩しすぎて痛いものなんだと痛感した。紫陽花ではないが、もしこの幸せな瞬間がなくなってしまったら、と思うと身震いさえした。

 だけど、そんな恐怖を吹き飛ばしてくれる紫陽花の笑顔に璃仁は自然と顔が綻んでいることに気づいた。完全に笑うことはできないけれど、前よりはずっと自然に笑おうとしているような気がする。

 璃仁はずっと外泊するわけにもいかず、花火大会の翌日にはちゃんと帰宅した。両親には特に何も聞かれず、璃仁のことを信頼してくれているのだと分かって涙が滲んだ。でも、恥ずかしくてさすがに泣けなかった。

 逆に紫陽花には安心して帰れる場所がないので、彼女だけがいまだホテル住まいだ。幸いお金はあるらしく、夏休みの間の宿泊くらいならなんとかなっていた。

 そうしてなんとか二人で残りの夏休みを謳歌し、今日から2学期が始まる。
 紫陽花は昨日、約20日ぶりに自宅に帰宅した。その日は母親が夜の仕事に出かけるということだったので、まあ大丈夫だろうと言っていた。だが、実際のところ昨日から今朝にかけて紫陽花が家で母親とどんな会話を繰り広げているのか分からない。まったく会話をしていないかもしれないし、前回母親を見た時のように暴言を浴びせられているのかもしれなかった。

 よく眠れないまま2学期の朝を迎えた璃仁は、重たいまぶたを必死に開き、家を出た。
今日は授業はなく、始業式とHRで学校は終わるはずだ。午前中で解散となるため、部活をしていない生徒はそのまま下校する。体育館で校長先生の話を聞いている間、後方に座っているはずの紫陽花の様子が気になって仕方なかった。