いつになく暗い夜明けだった。もしかして、まだ夜中なのかもしれないと錯覚したほどだ。いつもの癖で枕元に手を伸ばしたのだが、スマホが見当たらない。そうだ。昨日の夜、スマホを枕元に置いた記憶がない。というか、ここは自分の部屋ではないじゃないか。うつ伏せだった身体を起こし薄暗い部屋を見渡すと、遮光カーテンで窓がしっかりと閉じられていた。多分、自宅の遮光カーテンよりもだいぶ分厚い。だからこんなにも暗いのか。ベッドの隣に眠る彼女の姿を確認し、思わず心臓が跳ねる。今に始まったことでもないのに、朝起きて隣に紫陽花がいるなんて新鮮すぎて心臓がもちそうになかった。
ベッドから降りてカーテンを少し開けると、部屋の中に光が差し込んだ。新しい朝がきた、と詩人になった気分で外を眺める。昨日の夜、一緒に見た花火を思い出し胸が熱くなった。その後紫陽花の母親と対峙したときの苦しさと、二人で逃げてきたときの背徳感がじわりと璃仁の胸に滲んだ。何も考えずに二人でこうしてホテルに泊まったものの、この先一体どうするべきなのかまったく考えられない。気持ちよさそうに寝息を立てる紫陽花の目尻に、うっすらと涙の跡があることに気づき、はっとする。
そうだ、どうするべきかじゃない。
迷ってる場合ではないんだ。自分は、紫陽花をここまで連れてきたんだ。紫陽花を守る義務がある。自分がまだ子供で、何の力もないことは分かっているけれど、せめてあの母親の興奮が覚めるまで、紫陽花を母親の元に返すわけにはいかない。
「紫陽花先輩……俺が守ります」
昨日の夜に呟いたことをもう一度口にする。紫陽花がいつ目を覚ますのかとドキドキしてしまう。紫陽花のそばに顔を近づけると彼女が「お母さん」と呟いたので璃仁は驚いてのけぞった。なんだ、寝言か。と分かってからも、紫陽花の身の上を思うとやるせない気持ちになった。
紫陽花は母親の幸せを一番に願っている。
紫陽花の母親だって、紫陽花に歪んだ感情を抱いているものの、根っこの部分ではただ一緒に幸せになりたいだけなのではないか。親子の愛が、皮肉にも紫陽花を「幸せ」から遠ざけている。切ない現実に、璃仁はなんとかしてやりたいという気持ちでいっぱいだった。
「……あれ、璃仁くん?」
紫陽花の顔を見つめていたところで、すっと紫陽花のまぶたが持ち上げられた。突然のことだったので璃仁は紫陽花から目を逸らすことができなかった。
「おはようございます」
「おはよー。てか、ここどこ?」
寝起きで状況が読み込めていない紫陽花は寝ぼけ眼で部屋の中を一周見回した。
「あー……そっか」
ようやく昨日のことを思い出したようで、紫陽花は顔をほんのり赤らめる。普段は姉御肌のくせに、こういう時に見せる女の子らしい反応が璃仁の心をくすぐるのだ。