「そんなことはありません。いや、そんなことにはさせません。俺が、先輩を幸せにしてみせます」

 あまりにもクサイ台詞に、もしこれが映画か何かだったらぷっと吹き出していることだろう。璃仁は気になって紫陽花の反応を見た。紫陽花は決して笑っていなかった。それどころか、目尻に宝石のような珠を浮かべていた。

「幸せになるのが怖いって言ったのに? それでも私を幸せにしてくれるって言うの?」

「はい、当たり前です。怖いって思う気持ちすら、なくしてみせます。俺が本気で先輩を好きだってこと、証明してみせます。先
輩が不幸になりそうだと思ったら、全力で俺が阻止しに行きます。それでも不安ですか」

 ゆっくりと紫陽花の気持ちを落ち着かせるように話した言葉は、静寂に包まれるホテルの一室をまるごと飲み込んでしまうのではないかというほど、大袈裟に響いていた。

 紫陽花は潤んだ瞳を何度も瞬かせ、璃仁の目を見つめた。その美しい瞳がこの世界で立って一人、自分に向けられているというだけで、璃仁の心臓は鳴り止まなかった。

「……不安じゃないことはない。これまでずっと、私は幸せになるのが怖かったから。でも、璃仁くんがそう言ってくれるなら、期待してもいいのかな」

 その返事は紫陽花の反応が気になって緊張していた璃仁の心を確実に溶かした。

「期待してください。俺は紫陽花先輩を絶対に裏切りません」

 この時ばかりは、不安がっている彼女にそう言い切ることができた。
 璃仁はこの先、もし紫陽花からまた拒絶されるようなことがあっても、紫陽花を裏切ることはない。心から断言できる。これほどまでに心を揺り動かされ、守りたいと思った存在は紫陽花が初めてだったから。

「そっか」

 安心した声で紫陽花が枕に顔を伏せる。璃仁はそんな紫陽花の頭に手を乗せた。年上の先輩の頭を撫でるなんて、自分も変わったものだ。紫陽花は大人しく璃仁が自分の頭を撫でるのを許しているようだった。