目的のホテルは駅から徒歩5分のところにある好立地だった。紫陽花の方がホテルへの道に詳しくて、あっという間にたどり着いた。
「PR動画に出たよしみで割引にしてくれないかな?」
「そんなサービスがあるんですか?」
「知らない。でもそれぐらいしてくれてもいいじゃん」
ケタケタと笑う紫陽花が、こんな時なのに楽しそうで、先ほどまで不安だった気持ちが一気に吹き飛んだ。これから女の子と、しかも学校一の美少女でインフルエンサーである紫陽花と一緒に寝泊まりするなんて、自分の人生捨てたもんじゃないと感心さえしていた。
ホテルのロビーでチェックインを済ませると、璃仁たちは五階の部屋に案内された。部屋にはダブルベットが一つと化粧台があるだけで、かなり手狭だった。
「まあ、突然だったから仕方ないよね」
「すみません、狭くて」
「きみが謝ることではないよ。むしろありがとう。あー疲れた!」
紫陽花がぼふん、とダブルベッドにダイブする。確かに今日一日、いろんなことがありすぎて身体が悲鳴をあげていることに気づいた。下駄もダメになってしまい、足が痛い。璃仁は衝動的に紫陽花と同じようにベッドに飛び込んでいた。
「ふかふかですね」
「ええ。家の布団より全然マシ!」
糸が切れたからくり人形のように、二人ともベッドに突っ伏したまま動けなかった。今日はここで紫陽花と一晩眠るのか、と思うと緊張しないわけではなかったが、今はじわじわと押し寄せる身体の疲れを取りたい気分だった。
「お母さんのこと、びっくりしたでしょ」
紫陽花がうつ伏せのまま枕を抱きしめ、顔を璃仁の方に向けた。
「はい。前に話を聞いてからどんなお母さんなのか気になってはいたんですけど、まるで小説にでも出て来そうな恋愛依存体質お母さんですね」
璃仁の辛辣極まりないコメントに、紫陽花がぷっと失笑した。
「何それ。璃仁くんって意外と言うよね? でもその通りすぎて何も言えないわ」
紫陽花が枕に顔を押し付けて笑いを堪えているのが分かる。そんなに面白いことを言っただろうかと璃仁は冷静に考えていた。
「璃仁くんとGWにデートしたじゃない」
今度は真面目な声で切り出す紫陽花。ベッド脇の間接照明が彼女の頬に当たる。月明かりに照らされているようで、綺麗だと感じてしまう。
「はい。確かその前に先輩が俺に間違えて『週末、13時に駅前』って送って来ましたよね」
「ああ、そんなことあったね。あれはお察しの通り、酒井さんと約束しててそれを璃仁くんに送っちゃたんだよね」
なるほど。言われてみれば彼女が急に待ち合わせの時間と場所を送って来たことに納得がいった。