「どうする? どこかに泊まるんだよね?」
「はい。ホテルを探します」
「ホテルって……正気?」
「はい」
ホテル、という言葉の響きから何かを悟ったのか紫陽花が赤い顔をして俯く。高校生の男女二人でホテルに泊まろうだなんて、女の子からすれば身の危険を感じるか恥ずかしいと思うかのどちらかだろう。紫陽花は後者だったようだ。拒絶されたわけではなさそうなので良かった。
璃仁はそれからいくつかのビジネスホテルに電話をし、今からでも泊まれる部屋はないかと掛け合った。人生で自らホテルを予約するのは初めてだったし、まして突発的なことだったのでかなり緊張した。スマホを握る手はびっしょりと汗で濡れていたのだが、紫陽花に悟られないように必死で平静を装う。心配そうなまなざしで璃仁を見つめる紫陽花に見守られながら、祈るような気持ちでホテルの人からの返事を待った。
空きがある、と言われたのは7件目に電話をかけたホテルだった。テレビCMでも馴染みのある全国チェーンのホテルだ。璃仁が紫陽花にホテルの名前を告げると、紫陽花が目を丸くした。
「私、そのホテルのPR動画に出演したことがある」
「え!?」
「といってもほんの数秒だけだけどね。もうずっと前のことだったから忘れてた」
「数秒でもすごいですよ。はあ、やっぱり先輩は人気インフルエンサーなんですね」
「そんなことないってー」
改めて思い知る、紫陽花の人気の高さ。紫陽花とこうして二人で話しているとついつい忘れそうになるが、紫陽花は誰もが羨むSNS界の姫だ。そんな人と今から二人でホテルに泊まろうとしているだなんて、なんという背徳感だ。
「でも、まさか学校の後輩と泊まることになるなんて思ってもみなかった」
そう言っておかしそうに笑う紫陽花が、ずっと緊張していた璃仁の心を解きほぐした。紫陽花をあの母親の元から一刻も早く遠ざけたいという気持ちだけでここまで動いてきたが、実際はとても怖かったし、行先の見えない未来に戸惑いを覚えていた。だけど、今自分が一人ではないということを思い知らされて緊張の糸が緩んだのだ。
「ちょっと、璃仁くん」
気がつけば璃仁は紫陽花の胸にこてんと自分の頭を預けていた。道ゆく人が自分たちを見ているような気もするが、今は気づかないフリをした。
紫陽花が璃仁の頭をそっと自分から引き離そうとする。でも、その手から拒絶の気持ちは感じられず、むしろ優しく撫でるような仕草だった。
「……すみません。安心してしまってつい」
「もう」
紫陽花は璃仁を嗜めつつも、自分の身体から離れた璃仁の手を握ってくれた。
「これでおあいこでしょ」
「そうですね」
顔を赤らめながら璃仁の手を引こうとする紫陽花がたまらなく愛しいと思った。