22階……そんな高いところに毎日住んでいるのか。どんな高さなのか想像もつかない。紫陽花がやって来たエレベーターに乗り、璃仁を手まねきする。何の躊躇いもなくエレベーターに乗ろうとした璃仁の足がそこでふと止まる。

「そういえば、部屋まで押しかけてしまっていいんですか? もちろん中には入りませんが。ここでお見送りの方がいいんじゃないですか?」

 何の気なしに紫陽花のマンションに入って来てしまったが、よく考えればマンションに送り届けた時点で「女の子を自宅まで送る」というミッションは完了したはずである。だから紫陽花が璃仁をエレベーターに乗るように誘う理由はないと思った。

「いいの。というか、むしろできるだけ長く一緒にいたい……なんて言ったら勘違いさせちゃうかな」

 紫陽花の妖艶な唇が動くのを璃仁は息を飲んで見つめていた。マンションに入るまで夜の薄暗さで気づかなかったが、後ろにアップしていた髪の毛がところどころ解けて鎖骨のあたりに垂れている。歩きすぎて少しはだけた浴衣も大人っぽさを匂わせる。なんというかもう、紫陽花の美しさは言葉では表現しがたいくらいだ。

 その彼女に誘われて、嫌な気がするわけなかった。彼女の言うように、「勘違い」してしまったかもしれない。それぐらい、紫陽花の気持ちが嬉しかった。

「分かりました。じゃあ、玄関前までお見送りします」

「うん」

 紫陽花が22階のボタンを押すと、エレベーターは静かに上昇した。本当に音がしなくて、動いているのか不安になるくらいだ。すぐに22階に到着し、廊下に降り立つ。床にはマットが敷いてあり、下駄を履く二人の足音も聞こえない。やはりホテルのようだった。

 紫陽花が巾着から鍵を取り出して家の扉を開ける。エレベーターでの問答からすぐだったので、物足りなさを感じた。
 もっと紫陽花と一緒にいたい。
 口には出せない想いを抱えたまま、紫陽花の手の動きを見つめていた。

「今日は本当にありがとう。とっても楽しかった。またどっか行こう」

「そうですね。またの機会があれば嬉しいです」

「絶対あるって。それじゃあ、おやすみなさい——」

 紫陽花が玄関の扉を開けた。璃仁が「はい」と返事をしようとしたとき、玄関の向こうから手が伸びてきて、紫陽花が「わっ」とよろけて声を上げる。