乗客が徐々に減っていき、気がつけば紫陽花の自宅の最寄駅に着いていた。二人してうたた寝をしてしまっていて、紫陽花の頭が璃仁の肩にコツンと触れた衝撃で璃仁は目を覚ます。

「紫陽花先輩、着きました。起きてください」

 紫陽花の肩を揺さぶると、寝ぼけ眼の彼女がはっとして立ち上がる。急いで電車を降りると、緊張感が一気に解けた気がした。

「危なかったー起こしてくれてありがとう」

「いえ」

 紫陽花の頭がほんの少しだが璃仁の身体に触れたことは、気づかなかったことにしよう。
 紫陽花の案内で最寄駅から紫陽花の自宅へと歩き出す。璃仁の住んでいる街と比べると、やはり大きな戸建ての家が多い。街頭は等間隔に立っていて、夜だというのにかなり明るかった。閑静な住宅街で、コンビニの前にたむろする若者は一人もいない。ひと目で高級住宅街だと分かった。

「ここがうちだよ」

 駅から5分ほど歩いて紫陽花が立ち止まったのは、天高く爛々と輝くタワーマンションの前だった。歩いていく方角的にもしかしたら、とは思ったが、璃仁は人生でタワーマンションに入ったことが一度もなかったのでゴクリと生唾を飲み込んだ。

「すごい。お金持ちなんですね」

「そんなことないよ。前のお父さんが無理して買って、借金をお母さんに押し付けたの。だから今うちはローン地獄」

「へ、へえ……」

 とんでもない話をさらりと言ってのける紫陽花だが、本当はその胸の内に抱えている苦労を見せまいと平気なふりをしていることが分かった。

「お金持ちだったら良かったのにって、いつも思う」

 目の前にそびえ立つ自分の家を見上げながら、しみじみと呟く紫陽花。お金持ちだったら、という想像は璃仁もこれまでに何千回としてきた。璃仁と紫陽花では家庭の状況が違うのは間違いない。でも、お金があれば良かったと思う気持ちは十分理解できた。

 マンションのエントランスに入った紫陽花は暗証番号を押して玄関のオートロックを解除した。エントランスからホテルのロビーのような空気感が漂っていて、璃仁は一気に緊張感が増した。

「エレベーター、こんなにあるんですね」

「うん。階層ごとに分かれてるの。うちは22階だから高層階。こっちのエレベーターに乗るの」