混み合う電車に揺られている間、紫陽花が熱心にスマホに指を滑らせていた。

「何してるんですか?」

「投稿。さっきの花火、撮ったんだ」

 なんと、紫陽花は璃仁と一緒に見た花火をSNSにアップしようとしていたのだ。彼女のSNSの投稿は4月の桜の投稿から止まっていたから4ヶ月ぶりだ。紫陽花のファンも、新しい投稿がされない件については悶々としていたに違いない。もしかして活動をやめたのでは? と憶測する人も多く、紫陽花の以前の投稿のコメント欄には「もう活動しないんですか?」「寂しいです」といった声が散見された。

「よし、これでおっけー」

 夜空いっぱいに一番綺麗な打ち上げ花火が咲き乱れている写真をアップすると、紫陽花のスマホから瞬く間に「いいね」の通知音が鳴り響いた。電車の中なので、紫陽花は慌ててマナーモードに変えた。

「これ、誰と行ったんだろうって気になっちゃう写真ですね」

「そう? その時はコメント欄できみが返信してよ。『俺と行きました』って」

「嫌ですよ。大体、そんなことコメントしたら行き過ぎたファンの妄想発言だって思われるじゃないですか」

「ふふ、そうかもね。でもいいじゃん。きみが私と花火を見に行った事実は変わらないんだし」

 紫陽花がむっとする璃仁の顔を見て笑う。どんなに綺麗な花火を見た後でも、やっぱり紫陽花の笑顔が一番きれいだ。なんて、本人に聞かれたら恥ずかしい言葉が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

「璃仁くん、今日はありがとう。私、花火大会なんて久しぶりで楽しかった。本当にこんなに楽しくていいのかなってくらい」

 「いいね」が増えていく花火の投稿を見ながら紫陽花は目を細めた。楽しかったというただそれだけの言葉が、いまだ花火の余韻で温かな心地のする璃仁の胸を一層熱くする。

「それはこっちの台詞ですよ。誘ってくださってありがとうございます」

 高校2年生の春、またいつものように同級生から貧乏人だと揶揄われ鬱々とした毎日を送るだけの高校生活が始まるのだと思っていた。でも、図書室で紫陽花を見つけ、勇気を出して話しかけたあの日から、何もかもが予想とは違う方へと動いていた。灰色だった高校生活に、紫陽花という一輪の花が加わっただけで、璃仁の毎日は楽しかったり心配だったり、ジェットコースターのように感情が入り乱れる日々へと変わった。