二人とも黙って花火を見ているのだけれど、神経は繋がれた手に集中している、という状態だった。紫陽花の温かい手のぬくもりが、璃仁には幻のように感じられる。でも間違いなく現実で、自分の手の中に彼女の手が収まっているのだと思うと、花火なんかより紫陽花の顔をずっと眺めていたかった。きっと紫陽花はこの会場にいる誰よりも美しく、神秘に満ちた空気を纏っている。
花火がクライマックスを迎える。黄金色の花火が連続で打ち上がり、菊のような細い花弁を夜空に散らしていく。儚く消える花びらに、彼女のことを重ねずにいられない。彼女がいつか、花火のように消えてしまうのではないかという幻想が璃仁の頭の中を支配していた。なくさないように、すりぬけてしまわないようにと、紫陽花の手を握る自分の手に力を込める。紫陽花は驚いたように璃仁を見る。最後の花火が一際大きな音を立てて打ち上がった。
垂れ桜のように垂れ下がった光の線が、最後に消えていくその一瞬まで璃仁たちは瞬きもせずに花火を見つめていた。光が消えた後も、まだ花火の音が聞こえてくるみたいに心臓が高鳴っている。それもこれも、隣で瞳を輝かせる彼女のせいだと気づいた時には、後ろから「あれ、SHIOじゃない?」と叫ぶ声が聞こえた。
「え、SHIO? どこ?」
「ほら、あの二人。女の子の方、絶対SHIOだよ!」
「シオ」という名前が耳に飛び込んでくる。その声につられて、周りで紫陽花のことを知っている女の子たちが一斉に璃仁たちの
方へ視線を向けてきた。芸能人ではないのに、これほどの人間が紫陽花に注目していることに璃仁は愕然とした。突然のことで紫陽花が困ったように肩をすぼめる。紫陽花のファンたちがこちらに押し寄せてくる。曖昧な笑顔を浮かべる紫陽花。まずい、このままだとファンに囲まれてしまう。璃仁は目を泳がせて困惑する紫陽花の手を取り、その場を駆け出した。
「あっ!」
ファンの一人が走り出した璃仁たちを見て声を上げる。でも構ってはいられない。あの場で囲まれてしまえば収拾がつかなくなる。紫陽花にとって間が悪かったのは璃仁が隣にいたことだろう。一人の時ならまだしも、男と一緒にいるところをファンに見られたくないという気持ちは理解できた。紫陽花のファンはきっと、紫陽花の神聖で美しい孤高とも言える姿に憧れを抱いている者が少なくないのだろうと思う。
だから逃げた。下駄の鼻緒が指の間に食い込んで痛かったけれど、脇目も振らずに紫陽花の手を引いた。紫陽花も走りにくそうにしていたが、黙って璃仁についてきてくれた。花火会場から少し離れると、もう紫陽花を追ってくる者はいなかった。ふう、とため息をつく。ファンが、「祭り会場でSHIOが男と一緒にいた」などと噂を広めないでほしいと切実に願う。