「まず言っておくけどきみ、私に告白しようとしてるわけではないよね」
緊張しながら迎えた放課後、約束通りに図書室前に向かうとすでに「SHIO」は図書室前の廊下に背中を預けて立っていた。璃仁は平静を装ってどうも、と軽く頭を下げる。この時点ですでに手のひらから吹き出る汗を拭いたい衝動に駆られていた。「SHIO」は璃仁の姿を認め、開口一番に「告白」なんていうキラーワードを口にした。もちろんそんなことは微塵も思っていなかった璃仁だったが、一瞬どきっとしてしまう。
「そんなことしませんよ」
「そうよね。初対面だものね。失礼」
「SHIO」は初対面の人から告白された記憶でも思い出したのか、璃仁の言葉を聞いてほっとしたように肩の力を抜いた。そして明らかに表情が柔らかくなった。今日初めて話しかけてきた璃仁に対し少なからず警戒はしていたのだろう。まずは彼女の警戒心を解くことができたようで一安心だ。
「ここじゃなんだし、別のところに行く?」
「は、はい。でもどこに行きましょう」
「それなら私、いい場所を知ってるの」
ついてきて、と姉御肌な「SHIO」は璃仁に背を向けた。「SHIO」のことはSNSで追っていたけれど、こんなふうに喋るのか、といちいち発見が多い。
「SHIO」は璃仁の方をあまり振り返らずにずんずん進んでいく。一階に降り、下靴に履き替えてから校舎の外に出た。どこに行くのだろうと当然の疑問を感じながら黙ってついていく。「SHIO」は体育館と講堂の間の狭い隙間に身を滑り込ませた。「SHIO」よりも身体が大きい璃仁はその隙間に肩を入れるのにもだいぶ苦労した。
「ここ」
隙間に入って二、三歩進むと幅の広い空間が現れてほっとした。振り返ってみるとたった今通ってきた壁の隙間から下校する生徒がちらほらと見えるが、あちらからは意識してよく見ないと璃仁たちのことが見えないのだろうと予想がついた。
「いいでしょ、ここなら誰にも見られないし」
「そうですね。よくこんな場所知ってますね」
「そりゃまあ、きみより一年長くこの学校にいるから」
誇らしげに答える「SHIO」だが、一年差があるかどうかなどあまり関係ないように思える。
それにしても、と璃仁は地べたにお尻をつける「SHIO」のことを見つめる。彼女は上を見上げ、体育館と講堂の壁の隙間を流れる雲を眺めていた。どうして初対面の後輩をこんな秘密の空間に連れてきたんだろうか。いくら話をするのにうってつけだとはいえ、自分ならもう少し仲良くなってからゆっくり話そうという気になる。だからまずはその場で軽く言葉を交わして解散、という流れを予想していたのに。
先ほど告白してこないかと聞いた時点で、初対面の人間への警戒心はそれなりに持ち合わせているように見えた。だったらなおさら、璃仁をここへ案内した真意が分からなかった。
「そういえば、名前聞いてなかったね」
「あ、はい。田辺璃仁です。2年4組、血液型はA型です」
「ふふ、どうして血液型?」
「え、だってこういう時って普通そう答えませんか」
「普通じゃないよ。変わってる。血液型なんて誰も気にしてないし」
言われてみれば確かにそうだ、と自己紹介を終えた後で気づく。聞かれていないことまでいちいち答えるのはきっと「うざい」。小学校の頃からクラスメイトに何度も言われてきたことなのに、まったく意識できていなかった。