どうも先ほどよりも人波の動きが早いと思っていたら、もう花火が始まる時間だったのか。璃仁たちは大群の波にのり、急いで花火の観覧場所まで向かう。とはいえ、祭り会場にいるほとんどの人が花火を見ようと意気込んでいたので、押し合いへし合い、倒れそうになるのを踏ん張りながら前に進んだ。
途中、一歩後ろを歩いていた紫陽花の息遣いが聞こえなくなる。はっとして振り返ると、人波に押され二歩も三歩も後ろに下がっていた。「うわっ」と声を上げる彼女。このままでは彼女とはぐれてしまうと危惧した璃仁は流れを掻き分けて紫陽花の方に向かう。周囲にいた人が迷惑そうな顔をする。構うものか。璃仁はようやく、紫陽花の手を掴んだ。
「離さないでください」
「う、うん」
恥ずかしそうに頬を染めた紫陽花の吐息が、ようやく側に感じられてほっとする。本当は璃仁だって照れ臭いのだ。でも、照れた様子を見せるのはダサいと分かっていた。璃仁はキッと正面を見てただひたすら前に進むことだけに専念する。紫陽花の視線を感じて彼女の方を見たい衝動に駆られたが、それも我慢をした。
身体が押しつぶされそうな息苦しさを覚えつつも、心臓は激しく脈打っていた。それは紫陽花も同じなんだろう。二人とも、一言も交わさずに歩き続ける。ようやく花火会場にたどり着いた頃には、花火が打ち上がる海側はどこも人で埋まっていて、璃仁たちは海から少し離れたところに腰を下ろした。下は芝生だったから、紫陽花も座りやすいだろうと思った。璃仁たちと同じように、正面の観覧場所をとれなかった人たちが周りで座り込んでいた。
花火大会の開始を告げるアナウンスが流れ、一発目の花火が打ち上がる。久しぶりの花火大会。花火が花開く瞬間の爆発音ってこんなに大きかったっけ、と目を丸くする。紫陽花は隣で「きれい……」と呟く。紫陽花の瞳に映る色とりどりの花火が、息を飲むほど美しい。思わず触れたくなるのをぐっと堪え、璃仁は次々と打ち上がる花火を眺めた。
ふと地面についていた手に何かがそっと触れて視線を落とすと、紫陽花の手が璃仁の手の上に重なっていた。璃仁の心臓の音がより一層大きくなったが、花火の音にかき消されて自分でも気にならないくらいだった。璃仁はゴクリと唾を飲み込んで紫陽花の手を握る。彼女は一瞬だけ肩を揺らしたが、璃仁の手を握りかえしてくれた。