よっぽどラムネが飲みたいのか、むくれる紫陽花がやっぱり子供っぽくて可愛らしい。彼女のこんな顔、これまで見たことがなかった。きっと紫陽花のクラスメイトだって、紫陽花の素顔を知らないのではないだろうか。ちぃ先輩には素直な表情も見せているかもしれない。だが少なくとも、彼女のSNSのフォロワーのほとんどは、紫陽花の可愛らしい表情を知らない。そう思うと、胸がこそばゆいような感覚に襲われた。とても些細なことだけれど、璃仁にとっては絶大な自信に繋がっていた。
璃仁は自分と紫陽花の分のラムネを買い、紫陽花に透明のビンを渡した。カラランとビー玉が当たる音が、蒸し暑い夏の夜を一気に涼しく感じさせてくれた。
「ありがとう」
紫陽花はよっぽど嬉しいのか、一口ラムネを飲んだあと大事そうにビンを握りしめていた。時折ビンを上に掲げ、ビー玉を確認するような仕草を見せた。浴衣の大振りの袖と、しなやかな手の先にあるラムネのビンが、何かのポスターの絵のようだった。璃仁は無意識のうちに、ビー玉に見入る彼女の姿をスマホのカメラで撮っていた。
「あ、いま撮ったでしょ」
シャッター音に気づいた紫陽花が璃仁の方に視線を向ける。
「すみません。綺麗だったからつい」
「確かにこのビー玉、すごく綺麗だよね」
「いや、綺麗なのは紫陽花先輩の方です」
自分でもびっくりするくらい、さらりと口から恥ずかしい言葉が紡ぎ出されて璃仁ははっとする。取り繕うとしてももう遅い。紫陽花は目を大きく見開き、頬を赤く染めていた。そもそも、紫陽花が綺麗なのは本当なのだから取り繕うのもおかしいのだ。
「恥ずかしいこと、言わないでよね」
ぷい、と顔を横に背けつつも、本当は紫陽花が喜んでいるということが分かっていたので、璃仁はあえて何も言わないでおいた。
その後、璃仁たちは露店で唐揚げや焼きそばを買って食べつつ、お祭りの華やいだ空気を満喫した。1ヶ月前までどうしようもないほど手が届かなくてやきもきさせられる原因になっていた紫陽花がいま、隣ではしゃぎながら焼きそばを摘んでいる。これは夢なのではないかと何度も思った。でも、紫陽花が「璃仁くん」と呼びかけてくれるうちに、理想が現実となり、璃仁の胸に温かい灯火がひとつずつ灯っていった。
「あ、花火始まっちゃうじゃん! 早く行こう!」