「それはそうと、行きましょうか。なんか結構暗くなってきましたし」
「そうだね。私、金魚すくいしたい」
「いいですよ。たくさんすくった方がラムネを奢る、でどうですか?」
「その勝負、受けて乗った!」
子供みたいに屈託のない笑顔を浮かべる紫陽花が愛しくて、璃仁はいつもよりも素直な言葉がするすると口から出てきた。紫陽花と一緒にいると、学校でクラスメイトたちから貧乏人だとかピエロだとか馬鹿にされていた惨めな自分が別人かのように思えてくるから不思議だ。紫陽花の隣にいれば、自分らしくいられる。楽に呼吸ができる。紫陽花は璃仁に、水の中で息継ぎをすることを教えてくれた、かけがえのない存在だった。
花火大会が行われる海際までの道に、たくさんの露店が立ち並んでいた。花火を見に来た客は皆この露店の前を歩くことになる。色とりどりの浴衣が視界いっぱいに映る。時折誰かの肩がぶつかってよろけそうになる紫陽花の肩を支えるようにして歩いた。璃仁も慣れない下駄を履いていたので、転ばないように足先に力を込めていた。
「金魚すくいあった!」
「お、やりましょう」
早速見つけた金魚すくいのテントで、璃仁たちは店主から渡されたポイを握りしめる。子供から大人まで、夢中になって金魚をすくっていた。璃仁も負けじとポイで金魚を捕まえようとしたのだが、早々にポイが破れてしまい、断念する。対する紫陽花は金魚すくいがうまかった。
「昔お母さんと何回も金魚すくいしたんだ。だからすごい腕が磨かれたんだよ」
得意げに胸を逸らす紫陽花が、子供みたいで可愛らしい。
結果は璃仁が二匹、紫陽花が十匹で璃仁の惨敗だった。でも、素直に大喜びする紫陽花を見ていると負けてもちっとも悔しいとは思わなかった。
「流石でしたね、紫陽花先輩」
「ふふん。璃仁くんはまだまだ修行が足りん」
鼻高々にそう言う紫陽花がおかしくて思わず笑いそうになる。それでも笑うことができない璃仁は口の端を持ち上げて引きつった笑顔を浮かべてしまった。
「うわ〜何その顔。不満ありげね」
「違いますよ。これは天然物の顔です」
「そう。じゃあ早くあれ買ってよ」
紫陽花が前方の露店を指差す。そこには大量のラムネが氷水の中に浸かっていた。
「ああ、ラムネですね。忘れてました」
「もう。忘れるなんてひどい」