港公園駅は予想通り浴衣姿の人間でごった返していた。待ち合わせをしている人も多いようで、改札を出ると多くの人が壁に背を向けてスマホをいじっていた。その中から紫陽花の姿を探す。勝手に浴衣だと思って来たけど、もし私服だったらどうしよう。女の子だけが浴衣というのは分かるが、男の方だけ浴衣を着ているという光景はあまり見ない。自分だけが張り切っているようで嫌だった。

 祈るような気持ちで紫陽花を探していると、視界にひときわ美しい浴衣に身を包む女の子が飛び込んできた。白い浴衣に、紫色の花が咲いている。シンプルなデザインだが、それを纏う彼女がまるで異世界から来たヒロインのような輝きを放っていたので見紛うはずがなかった。

「紫陽花先輩、こんにちは。いや、もうこんばんは、か」

「わ、璃仁くん! びっくりしたー」

 思っていた方向とは違う方から話しかけられたからか、紫陽花は肩を揺らして少しのけぞった。

「驚かせてすみません。でも先輩がぼうっとしてるからいけないんです」

「もう、ひどいなあ。なんか人がたくさんいるから、いろんな人を観察しちゃって」

「それ、分かります。人間観察楽しいですよね」

 これだけ人が流れるように出てきたら、自然と彼らの方に目がいってしまうのには納得ができた。

「そうそう。だから私は悪くないって」

「そうですね。浴衣、似合ってますしね」

 照れ隠しでさらっと言う。聞き流してほしかったのだが、紫陽花は目を丸くしたあと一気に頬を赤く染めた。

「あ、ありがとう……」

 これだけ美人でSNSでも人気があって、容姿を褒められることには慣れているはずなのに、紫陽花の反応は初々しくて、またそれが璃仁の恋心を掻き立てた。璃仁は自分の方が照れて耳が熱くなるのを感じて、さっと紫陽花から目を逸らす。

「璃仁くんも、甚平って言うの? すごく爽やかでいいね」

 目を細めた紫陽花が今度は璃仁を褒める。人生で初めて着た甚平だったが、その姿を最初に見せたのが紫陽花で良かったと心から思えた。

「ありがとうございます。父親のお下がりなんです」

 口にした瞬間、しまったと思う。紫陽花の前であまり両親と仲が良さそうな素振りを見せるのはまずかったかもしれない。紫陽花は家庭環境に問題を抱えているので、何かのきっかけで紫陽花を傷つけてしまうかも、と恐れた。
 だがそんな璃仁の心配は杞憂だったようで、紫陽花は「へえ〜」と頷いた。

「なんかいいね、そういうの。親子で仲良しって感じが」

「そうですか? 別に取り立てて仲良しなわけじゃないですよ。俺はあんまり口利きたくないのに、親が——特に母親が口うるさ
くいろいろ詮索してくるんです。まったく、思春期の息子の人間関係にまで口出ししてくるんですから面倒くさいですよ」

 璃仁が突然愚痴を垂れ流したのが面白かったのか、紫陽花はへへへと笑った。紫陽花の笑った顔を見るのは久しぶりで、どきっと心臓が鳴った。やっぱり、紫陽花には笑顔がよく似合う。学校で変な噂を立てられて苦し紛れに自分を傷つけようとしていた彼女とは打って変わって可愛らしく美しかった。