お父さんになる予定。
その言葉の意味するところが、瞬時には理解できなかった。でも、紫陽花の息遣いが耳元で大きくなるにつれ、なんとなく察しがついた。
「私の家、シングルマザーなの。お父さんができるって話になるのはこれで三度目かな。今まで結局お母さんは再婚しなかったから、またどうなるか分からないけど」
さらりと言ってのける紫陽花だったが、本当はすごく胸がざわざわとして落ち着かない様子でいるのはすぐに分かった。
「お母さんが再婚するって言う時はね、決まって情緒不安定になってる時なの。だからいつも正常な判断ができない。私はお父さんになるかもしれない人と会って、確かめるの。この人は本当にお母さんのことを愛しているんだろうかって。前の二人の時も同じことをしてたのよ。それで、これまでの人たちはどうもお母さんを好きなんじゃなくて、お母さんのお金を狙ってるんだって分かった。お母さんの実家って、すごいお金持ちだったの。今は違うんだけどね。お母さんは今でも自分がお金持ちだって錯覚して周りに言いふらす癖があるから。だから私、お母さんに『あの男とは結婚しない方がいい』って助言した。そしたらすごい怒るのよ。でも結局自分が騙されてたって知って泣き崩れるのがオチ。その度にお母さんの面倒見なきゃいけなくなるから大変で。『私には紫陽花しかいない』って泣いて謝ってくるのがいつものことなんだけど、そういう時のお母さんはすごくか弱くて、愛しいの」
愛しい、と呟くように言った紫陽花が璃仁にとってはたまらなく愛しいのに、紫陽花は璃仁のことをたぶん好きではない。もどかしさに胸が詰まりそうだ。でも、今こうして心を開いて家族のことを話してくれているだけでも璃仁は嬉しいと思わなければならない。
紫陽花は大切なものを愛しむような声で、母親の荒れようを語った。客観的に聞けば紫陽花の母親はかなり男性への依存心が強く、「立派な母親」とは言い難い。けれど、紫陽花にとっては唯一無二の存在なのだ。腕の中で大事に抱えて、落とさないように、傷つかないように守っている。彼女は雛鳥を見守る母親だった。
「それで今回も、お父さんになる予定の人に会ってた。GWぐらいから何度か。最初はやっぱり疑ってて、彼が話す一言一句を信じられなくて、素っ気ない返事しかできなかったんだけど。話していくうちに、この人は今までの男とは違うんだって分かった。なんとなくだけど、私のことをいつも気遣ってくれるし、お母さんのことを語る時の目が本当に優しいの。それに彼は社長だって言ってた。だからお金には困ってないってことが分かったのが、彼を信じた一番の要因かな」
紫陽花は璃仁から身体をそっと離し、穏やかな目で微笑んだ。大切な母親が良い人に巡り合えたことを心から喜んでいる、そんな仕草だった。紫陽花がこれまで一人でどれだけ闘ってきたのかを想像すると、切なく胸が締め付けられる。本来なら、紫陽花だって普通の女子高生として、友達と馬鹿みたいに笑ったり遊んだりしたいんじゃないか。いくら母親を大事に思っていても、これだけ無償の愛を母親に注げる理由は何なんだろうか。
その言葉の意味するところが、瞬時には理解できなかった。でも、紫陽花の息遣いが耳元で大きくなるにつれ、なんとなく察しがついた。
「私の家、シングルマザーなの。お父さんができるって話になるのはこれで三度目かな。今まで結局お母さんは再婚しなかったから、またどうなるか分からないけど」
さらりと言ってのける紫陽花だったが、本当はすごく胸がざわざわとして落ち着かない様子でいるのはすぐに分かった。
「お母さんが再婚するって言う時はね、決まって情緒不安定になってる時なの。だからいつも正常な判断ができない。私はお父さんになるかもしれない人と会って、確かめるの。この人は本当にお母さんのことを愛しているんだろうかって。前の二人の時も同じことをしてたのよ。それで、これまでの人たちはどうもお母さんを好きなんじゃなくて、お母さんのお金を狙ってるんだって分かった。お母さんの実家って、すごいお金持ちだったの。今は違うんだけどね。お母さんは今でも自分がお金持ちだって錯覚して周りに言いふらす癖があるから。だから私、お母さんに『あの男とは結婚しない方がいい』って助言した。そしたらすごい怒るのよ。でも結局自分が騙されてたって知って泣き崩れるのがオチ。その度にお母さんの面倒見なきゃいけなくなるから大変で。『私には紫陽花しかいない』って泣いて謝ってくるのがいつものことなんだけど、そういう時のお母さんはすごくか弱くて、愛しいの」
愛しい、と呟くように言った紫陽花が璃仁にとってはたまらなく愛しいのに、紫陽花は璃仁のことをたぶん好きではない。もどかしさに胸が詰まりそうだ。でも、今こうして心を開いて家族のことを話してくれているだけでも璃仁は嬉しいと思わなければならない。
紫陽花は大切なものを愛しむような声で、母親の荒れようを語った。客観的に聞けば紫陽花の母親はかなり男性への依存心が強く、「立派な母親」とは言い難い。けれど、紫陽花にとっては唯一無二の存在なのだ。腕の中で大事に抱えて、落とさないように、傷つかないように守っている。彼女は雛鳥を見守る母親だった。
「それで今回も、お父さんになる予定の人に会ってた。GWぐらいから何度か。最初はやっぱり疑ってて、彼が話す一言一句を信じられなくて、素っ気ない返事しかできなかったんだけど。話していくうちに、この人は今までの男とは違うんだって分かった。なんとなくだけど、私のことをいつも気遣ってくれるし、お母さんのことを語る時の目が本当に優しいの。それに彼は社長だって言ってた。だからお金には困ってないってことが分かったのが、彼を信じた一番の要因かな」
紫陽花は璃仁から身体をそっと離し、穏やかな目で微笑んだ。大切な母親が良い人に巡り合えたことを心から喜んでいる、そんな仕草だった。紫陽花がこれまで一人でどれだけ闘ってきたのかを想像すると、切なく胸が締め付けられる。本来なら、紫陽花だって普通の女子高生として、友達と馬鹿みたいに笑ったり遊んだりしたいんじゃないか。いくら母親を大事に思っていても、これだけ無償の愛を母親に注げる理由は何なんだろうか。